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医学部の地域枠 得か損か (2016年のコラムより)

これはとある医学部受験生向けサイトに2016年に書いたコラムです。(すでに閉鎖)
今でも主な論点はあまり変わらないと思うのでここに掲載してみます。

医学部の地域枠 得か損か

 みなさんの中で進路に迷っておられる方はかなり多いと思います。医学部に絞ったとしてもどこの大学を目指すかにも色々迷われると思います。それについては以前書いてみましたのでご参照ください。簡単に言えばどこでも将来の仕事にはそんなに関係ないから好きなところへ行きましょう、ということなんですが、一概にそうも言えないのが今回ご紹介する「地域枠」です。

 「地域枠」とはどういうものか、は大学によってもかなり違うので詳しくはご自身でしっかりと調べていただく必要があると思います。これは他人事として無責任に言っているわけではなく、非常に重要な問題ですのでパソコンorスマホの画面に穴が開くほどしっかりと資料を読み込んでいただければと思う次第です。紙の資料ももちろん良いですけど、インターネットをしっかり活用しましょう。資料というのは、大学の出しているものだけではなくて、手に入る限りのありとあらゆる情報のことです。

 それはそうとして、ここでは地域枠の概要と、私の個人的な体験、感想を述べさせていただくことでみなさまのご参考になればというのが今回の趣旨です。あくまで個人的な見解であることを踏まえて、必ずあらためてご自身で確かめてくださいね。これは他人事として無責任に…(以下略)

 さて、地域枠というのは、各大学が作った、地域医療に従事する明確な意志を持った学生の選抜するための枠のことです。大学によっても異なりますが、学費や入学金分だけでなく、多くは月々10万円以上の修学資金を貸してもらえます。そして、その借りた期間の1.5倍の期間、つまり9年間(留年しなければ!)、その大学や地域の指定した病院あるいは診療科に従事することで返済が免除になる、というものです。返済免除ということは、つまりそれだけのお金が結果的には「もらえる」ということです。これだけ見れば、めちゃくちゃ「得」ですね。しかし、どうしてこんな「得」な話があるのか、何か事情があるのではないか、ということも考えなくてはいけません。

 なぜ地域枠というものが設定されたかというと、それは地域医療に従事する医師が足りないからです。なぜ足りないかというと、一言で言えば不人気だったからです。よく噂される誤解で、「医学部を出たあとどの診療科の医師になるかは成績で決まる」というものがありますが、そんなことはなくてどの診療科を選ぶかは基本的に自由なのです。ただ、卒後の初期臨床研修をどこで行うかは各病院に定員があるのでここでは面接その他で選抜されます。面接だけでなく試験もある病院もあります。しかし、初期研修のあとどこの病院で働くかは自由です。医師不足の現状を考えると一部の人気病院を除けば、かなり自由に選べます。

 大学の医局に入ればある程度医局の指示した病院で働く必要があるかもしれません。細かい経緯は省きますが、初期臨床研修制度導入などの影響で、今や医局に入らない医師も増えています。医局に入る入らないも含めて、基本的に相当な自由があると考えてよいと思います。どの診療科を選ぶかに関しては、何ら制限がありません。完全に自由です。

 と、このように自由であれば、当然偏りが出てきます。人の少ない地域、診療科が出てくるのは至極自然なことです。そこで、その偏りを是正するためにできたのが「地域枠」。大雑把に言うとそういうことです。

 なぜ地域医療に人気がないか、というと色々理由はあるでしょうが、ざっくり言うと、田舎に行きたくない、地域では十分な研修が出来ないという考え(思い込み?)があるからでしょう。他には、地域医療の魅力が十分知られていない、ということもあると思います。

 診療科としては、産婦人科、小児科、脳外科、外科などが人気がないようです。訴訟リスクや激務が主な理由だと言われています。

 さて、このような地域枠は2005年から急激に定員が増えてきました。初期臨床研修制度導入による医局入局者減とも関係があるかもしれません。全体的な医師不足もあるでしょう。しかし最近では医学部全体の定員の2割が地域枠になるまで増えてきたようです。そして最近はようやく地域枠出身の医師が現場に増えてきたところでもあります。

 さて、その地域枠に進むと将来どんな感じになるのか、というのが受験生としては気になるところですよね。地域枠出身の医師はまだ出てきたばかりなのでなかなか実態はわかりません。そんな時、非常に参考になるのが、自治医科大学(自治医大)出身医師です。

 自治医大と言うのはいわば大学全体が地域枠のような大学です。各都道府県2〜3名ずつの定員があり、学費、教材費などの修学資金の貸与があり、将来は基本的にはその出身県で9年間(義務年限と言われています)勤めると返済免除になります。これだけ見ると、まさに地域枠そのものです。

 私は高知県で初期臨床研修を行いました。先輩、同僚、後輩に自治医大出身医師がおり、初期研修では地域医療も研修しました。その中で垣間見えた様子をこっそりおしらせしようと思います。繰り返し書きますが、個人的な経験の話、しかも他人の話ですので一般化はできません。鵜呑みにせずに詳しくはご自身で調べてください。他人の話を勝手に書くのも不躾な話ではありますが、ただ、実際の情報がなかなか手に入りづらいという事情もあると思いますので、受験生の皆様のためにあえて書かせていただきます。その辺りの機微を斟酌していただけると幸いです。

 自治医大出身の医師にも色々な人がいました。正確な統計的数字などはわかりませんので、実際に見えた範囲だけで書きます。

 そのまま地域医療に従事し義務年限を終えた後も地域で診療を続ける人。これが最も多かったように思います。

 また、義務年限を終えた後に、あらためて内科や外科の専門の道に入る人もいました。私が初期研修をしている病院にあらためて研修に来ている医師もいました。そのような医師が専門の研修に入った時、義務年限で地域医療に従事した経験は、専門ではそれほど活かされるわけではなさそうでした。考えてみれば当たり前ではありますが、それまでの専門を変えて他の専門家になろうとするなら、また一からのスタートになりますよね。もちろんそれまでの経験が無駄になるはずはありませんが、即専門でも活かされる、という種類の経験ではないようでした。つまり、ある診療科に進み専門家になりたいと考える場合には、有り体に言えば、時間的なロスがあることは否めません。まあ、早く専門家になれば良いというものでもないでしょうから、そこは価値観の問題です。

 次に、修学資金を返済してある診療科に進んだ人もいました。返済額は詳しくはわかりませんが、利子も含めて3000万円近いという噂です。計算上、おそらくそれぐらいだと思います。なるべく返済免除で地域医療の道をやめてしまわないように、かなり高い利子が設定されているようです。しかも一括返済でなければならないようです。それだけでも相当大変なことだとは思います。また、修学資金を返済して別の道に進む、という人はそれほど多くはないようで、他の自治医大出身の医師たちとの関係もかなり気を使うことのように見えました。

 他にも大学院に進んだり行政に進んだりする道があるようですが、直接見たわけではないのでよくわかりません。すみません。

 私が初期研修1年目の時、同期の自治医大出身の医師を見て思ったことは、正直に言って、9年間も好きな科の研修が出来ないなんてかわいそうだな、ということでした。当時、9年という時間は途方もなく長い時間に感じました。私もはじめから進路を決めていたわけではないのですが、それまで自治医大のような仕組みも知りませんでしたし、自治医大との交流もなかったので、初期研修を終わったら何らかの診療科を自由に専攻する、ということが普通だと思い込んでいたのです。

 そんなことを思いながら、初期研修2年目で地域医療の研修をすることになりました。それは自治医大出身の医師が多く勤めている病院での研修でした。高知県自体が都会とは呼びづらい場所ですが、そのさらに地域医療ですから、相当な田舎です。しかも、その田舎の病院からさらに車で30分ぐらいかけたところにある診療所に出張に行ったりします。私が行ったのは山深い渓谷でした。ちょうど紅葉の時期で絶景でした。

 また別の日には、細い山道を車でヒヤヒヤしながら通って往診やリハビリに行きます。どこに家があるのやらと思った先に一軒だけ家があります。その家に診察やリハビリをしに行くのです。家の中に上がらせてもらって暮らしを垣間見させてもらいました。出入りの時には犬に全力で吠えられたりもしました。

 そのような、ある意味ゆったりとした診療の一方で、緊急に専門的な治療が必要な患者がいた時にはヘリコブターで大きな病院に搬送したりもしました。田舎であろうが都会であろうが命に関わる病気はどこでも起こるのです。

 そのような地域医療の在りようを初めて見て、経験して、率直に言って、私は感銘を受けました。そこで働く自治医大出身の医師に素直な尊敬の念を持ちました。大きな病院では分かりづらかったのですが、地域医療では患者の「病気」の面だけではなく、「人」として向き合えているような感覚がありました。そして、より近い距離で診療し治している、そんな実感がありました。確実にその地域の人に貢献し、感謝もされている。そのような医療をとてもカッコよく思いました。自分も医師としての人生をこんな風に過ごすのも良いんじゃないか、と、少なくともその時は思いました。

 もちろん、ずっと勤めておられる自治医大の医師からすれば、ちょっと見ただけで何がわかるのか、と言われるかもしれませんし、私もそれまで全く知らなかったから初めて見て驚いて良く見えたのかもしれません。それはそうとしても、おかげで地域医療の良い面をよく知ることができたのでした。

 長々と個人的な体験を書いてきましたが、これは自治医大の話です。地域枠とは少し違いもあります。大学によっては修学資金や義務年限の期間も違います。派遣される場所も違うでしょうし、診療科を選べるところもあります。例えば高知大学であれば、地域医療だけでなく、産婦人科、小児科、麻酔科、脳神経外科に進んだ場合でも修学資金の返済は免除されるようです。将来これらの診療科に進むのであれば、地域枠でも一般の枠でもおそらく進路に何ら変わりはありません。つまり、修学資金を返さなくて良いだけ得です。

 さて、皆さんはこれを読んでどう思われたでしょうか。

 私は、自治医大や地域枠を勧めたいわけでも、避けさせたい意図があるわけでもありません。

 実は私は今年で卒業して9年目です。同期の自治医大出身の医師も今年で義務年限が終わります。この今になってみると、9年という時間は思っていたほど長くもなかった気がしてきます。最近は私も、精神科じゃなくて他の科の勉強もしてみたいな、別の科に進んでみようかな、なんて思うこともあります。別にそんなに遅すぎるとも思えません。実際、科を変わる医師というのも少なくありません。例えば今から私が脳外科医を目指すとして、その前に精神科をしていたか、地域医療をしていたか、というのは大して違わない気もします。1年目には自治医大出身の同期をかわいそうと思いましたが、今は別にそのようにも感じません。それは単に進路の違いだけだと思います。

 ただし、自治医大や地域枠での進学というのは、このような特殊な事情が生じる、ということは受験をする前によく考えた方が良いと思うのです。

 単純に言って、地域医療や指定された特定の診療科に進みたいのであれば、地域枠は絶対に「得」です。お金のことだけでなく、大学によっては、そのような進路に配慮されたプログラムもあるようです。

 ただし、医学部に入りたい、医師になりたい、しかし何としても地域枠で指定されていない診療科に行きたい、というのであれば地域枠は「損」です。その場合、その損と金銭面や進学しやすさなどを天秤にかけて考慮するべきです。

 とにかく、地域枠を考えるなら出来る限りの情報を得て吟味するべきだと思います。医学部6年とその後9年、合わせて15年後の人生を左右する選択になるわけですから。

 と言っても、大学受験の時点でそんな先のこと分かりませんよね。何科に進みたいかなんて、親御さんが医師でなければわからないでしょうし、たとえ親が医師でも、今見えているものがすべてではないですからね。15年先に世の中がどうなっているかも全く予想がつきません。

 それに人生何が幸いするかなんて誰にもわからないのです。私だって、実は地域医療をしていた方が充実した人生だったかもしれないし、もっと言えば、医師にならない方が良かったのかもしれない。そう考えると、深く考えずに飛び込んでみるのも悪くないのかもしれません。

 あと、年寄りらしく説教くさいことを言うなら、どんな道に進もうが、どうなるかは自分次第なのです。道を猪突猛進で突き進むのも、道を外れるのも、新たな道を作ってしまうのも自分次第です。常に迷いながら、その場その場で、一生懸命考えて、進む道を決めていただければと思います。結局、それしかありません。

 かなり長くなってしまいましたが、自治医大も含めた志望を考える上で、皆さんの何らかの参考になれば幸いです。もちろんしっかりと受験勉強にも励んでくださいね!

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