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金色の一週間

 もう明日にはソレが迫っている。

 私の勤める事業所では一年の収入の三分の一を掴む連休。子どもの体験学習をメインとした教育普及施設が迎え打つGW。そうつまりソレは、いつもの三倍から五倍の来客数を、いつもの二倍のスタッフ数といつもの八倍くらいのテンションで捌かねばならない期間…良く言えば祭り、正直に言えば嵐。

 今年のソレは四日間と短めスパンなので、息もつかずに走り抜ける所存。
 顔色の悪い、けれどテンションのハイな群の一員になって私も走る。その経済的理由も走らなければならない実感も実のところ一つも、ただの一つも自分の中に理解として入っていない。そういう金銭的なセンスは母の子宮に置いてきてしまった。ただ、周りの熱とやってくる人々の熱にタービンを回されて走るだけ。

 明日からの四日間、つまり自分の個人的な人生の方はすべて後回しになる。休日の今日、私はそんな風にしか動かせない自分の重いグッタリとなってる体を今、少し涙目で見ている。明日から自分が担当する工作体験ブースと、実態としてケアを担うことになるであろう他二つのブースのことを、一生懸命、頭から追い出す。今考えたって何もできやしない。

 楽しかったと笑ってもらえるだろう。
 すてきな作品をいくつも見送るだろう。
 なんだかんだで私も楽しむだろう。
 そうやって筋力を…もう僅かにも張り切って動かせば、プツンとキャパオーバーしてしまいそうな仕事での筋力を。…少しずつ、実感として、取り戻してゆけるだ、ろう…。



 長いコロナ禍で削り落とされた予算と人員と希望、そうして見事に空虚なものになっていく空間をそれでも、私自身の意地だけで守ってきた。…ああして「場」を守ってよかったと思えるようになると、信じたい。

 実際は、自分でそう決めたわけじゃなかった。守る以外の方法がなかった。選択肢はなかった。愛して、大事にしてやまないものが、音も立てずに色褪せてゆくのを見送って、明らかな後退を都合の良い言葉で取り繕うなんて絶対したくなくて、せめて自分の目の前にいる子ども達には嘘はつくまいとだけ決めた。けれど、どれだけ守れたろうか。
 空虚は空虚だ。同僚の、対子どもへの笑い声に本音が入っていないことを私の耳は聴き分ける。もっとこの耳も目もばかだったなら、虚で過ごすのも苦しくないのだろうか?いいや、それでも苦しいものは苦しいよな。理由を明確に嗅ぎ分けられる、自分の唯一のセンスは貶めたくない。



 嵐が来る。

 与えられるマンパワーという武器の、内訳も、何もかも、重要な情報のほとんどは始めてみなければわからない。結局私の武器はひとつだけ。目の前にいる子どものやわらかな心に、かならずちゃんと触れて微笑んで見せる。その、絶対譲れない誇りだけ。
 このプライドを守るためだけに四日間走る。自分の魂のタービンを、仕事のニーズにあけわたすことを許して私は走る。そうやって、擦り切れずにいられるかどうかはわからない。
 でも擦り切れないように、ちゃんと諦め、質を落とし、自分と周りへの要求を下げる術は幾らでも、このコロナ禍で身につけた。この身の道具箱のなかに揃ってる、だから、だから。

 愛していることが恐ろしいなんてウンザリなんだよ本当に。愛させてくれよ。仕事を愛してしまう自分をゆるしたい。せめて、こんなふうに24時間の標準をそこにギュッと充てなければ成立しないような期間くらい誠心誠意を尽くさせてほしい。身を尽くして愛しても自分を壊さない世界がほしいよ…。

 やってくるバイトさんは多様だろう。可愛いだろう。皆一生懸命だろう。働く人とお客様、その両方の心を守ってしか私の目指す「場」は成立しない。成立させるために、そりゃあ水面化では死にもの狂いですよ。同じように死にものぐるいでジタバタしてくれる仲間がいる事はわかってる、だから、きっと、たぶん。

 …ああ、めちゃくちゃ怖いな。正直に言葉にできるのは本当に、ものすごく鋭利だ。
 でも、震えている理由を知ったなら。幾らでも、身を守る方にも知恵を回せるでしょう。きっと言葉は私を助けてくれるでしょう、しんどいことも幸福なことも鮮やかに解像度を上げて、体からあふれてとまらなくなるでしょう。そしてそうやって走れることは、きっと。
 きっと結局楽しいでしょう。

 やってくる、連休、どうかこのぼろぼろなままの私で。
 事前準備の最低ラインを更新し続ける事業内容、それでも絶対に核となることの質を変えずに走り抜けた、と。やりやがったな、と。
 笑ってやりたい。ずっと、身を削って、子ども相手には嘘をつくことを拒んだ自分に。

 よくやったよ、ちゃんと「場」の種火は消えずにいたじゃないか、予算も人員も戻ってくるよ、さぁ別の課題が山積みだ、…って。笑ってやりたいから。
 あーくそぅ本当に怖い本当に嫌だ。地団駄を踏みながら、それでも、多くの決定権と責任を持てるキャリアを有していることは、きっと新しい水を泳ぐようにこの心と体を心地よくざわめかせるのだろうから。

 走り抜いてやんよ。


 震えながら、揺れながら、ソレを迎える。

 金色の一週間?しゃらくせえ。私はなぁ、いつだって必死なんだよ必死なら大抵のものは金ピカに光って見えるんだよ愛おしいんだよ。

 

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