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【無料公開中】毛刈り後脱毛症に新たな治療法⁉多血小板血漿の塗布とマイクロニードル処置❗

Jacquelyn C. et al. Vet Dermatol (2020)31:214-e45

毛刈り後脱毛症は、毛刈り後に長期にわたり発毛が認められない疾患です🥲ヒトでは円形脱毛症などの治療として、再生医療で用いられる多血小板血漿を脱毛部に塗布しマイクロニードル処置と同時に適用することで、マイクロニードル処置単独より早く良質な被毛が生えてきたという報告があります🤔
今回ご紹介するのは、イヌの毛刈り後脱毛症でも同じ結果にならないか?という仮説を立証するべく行われた前向き研究です📝


毛刈り後脱毛症

毛刈り後脱毛症は、毛刈りした部位の毛が長期的に発毛および再成長しない疾患です。一般的には、3-4ヶ月を超えて発毛がみられず、最大で12ヶ月間、発毛が認められない場合があります。性差や好発年齢はありません。シベリアンハスキーなどの被毛の豊富な犬種で顕著に認められるため、遺伝的素因が示唆されていますが、どの犬種にも発生が認められています。はっきりとした原因はわかっていないですが、毛刈り後に皮温が低下するため、毛刈りした部位が同時に休止期となり、発毛しないと考えられています。診断は、特徴的な臨床所見と内分泌疾患の除外によって行い、病理組織検査は初期の毛包異形成などの疾患を除外するために推奨されます。この病気は、脱毛以外に全身症状を伴わないので美容上の問題と考えられていますが、治療に対する反応が悪い場合も多く、飼い主が不安になることがあります。

ヒト、マウスおよびイヌでは、様々な脱毛症(ヒトで円形脱毛症や男性型脱毛症、イヌでアロペシアX)においてマイクロニードル処置による皮膚表面の微小外傷が、毛包の機械的刺激を誘発し、結果として毛を再成長させると報告されています。

人医療の研究では、再生医療の一つである多血小板血漿の塗布およびマイクロニードル処置の同時適用が、マイクロニードル処置単独よりもより早く良質な毛を再成長させると報告されています。
本論文は、犬でも多血小板血漿を塗布したマイクロニードル処置はマイクロニードル処置単独よりもより早く良質な毛を再成長させると推測し、多血小板血漿を塗布したマイクロニードル処置を4頭の毛刈り後脱毛症の犬に行った前向き研究です。
👉犬アロペシアXに対するマイクロニードル処置に関する論文&処置の際のコツは別の記事でも取り上げていますので、是非ご覧ください!

マイクロニードル(MN)とは?

マイクロニードルは、皮膚に多数の微小孔を開けることが可能な微細な針を用いた治療法です。人医療では、皮膚を刺激することにより、成長因子や線維芽細胞増殖因子の放出をもたらし新しいコラーゲンの形成を促すことが知られており、皮膚の若返りを促進するため、特に美容医療の分野で使用されてきました。さらに新しい毛細血管が形成されるため、ヒトのニキビ跡のような瘢痕の治療に用いられています。また、マイクロニードルによる微小孔は短時間で塞がるため、感染リスクは少なく、有害事象としては短期間の紅斑のみと言われています。

多血小板血漿(platelet-rich plasma; PRP)とは?

PRPとは血液を遠心して赤血球成分を分離して得た濃厚血小板液のことです。PRPは、成長因子とサイトカインを多く含み、組織の修復、血管新生、創傷の治癒を促すとされており、人医療では整形外科や皮膚科等において臨床使用されています。
このPRPに含まれる成長因子は、被毛の成長に影響を与えるとヒトや動物モデルで研究されています。動物モデルでは、PRPが休止期から成長期への移行と成長期の延長を誘導すると報告されました。またヌードマウスの皮膚を用いた研究では、PRPにより毛包の数が増加したと報告されました。
PRPは自己由来であるため、合併症はほとんどないとされています。

材料および方法

対象動物

1 ヒストリーと臨床検査で毛刈り後脱毛症と診断
2 感染症なし
3 内分泌疾患なし
4 妊娠中、授乳中ではない
5 毛刈り後脱毛症と一致する皮膚病理組織学検査(同期化した休止期が特徴)

除外基準

1 過去2ヶ月以内に経口ステロイドを使用した犬
2 内分泌脱毛症の犬
3 過去3ヶ月以内にメラトニン、トリロスタン、デスロレリン、成長ホルモン、ミトタン、酢酸ヒドロキシプロゲステロンで治療を受けた犬
4 過去3ヶ月以内に避妊手術、去勢手術を行った犬
5 毛刈り後脱毛症と一致しない皮膚病理組織学的検査

動物
表1にある4頭の犬が研究に組み入れられた

マイクロニードル(MN)の手順

(a)PRP作成
①1.5mlの抗凝固性クエン酸デキストロース溶液A(ACD-A)を15.5mlのArthrex ACP® Double-Syringe System(血小板を濃縮でき、PRPの分離を無菌操作でできる)に吸引
②①のシリンジを使用し、18Gまたは20Gの針で頸静脈より14ml採血
③血液を315 x gで5分間遠心分離
④遠心分離後、血小板濃縮液を小さなシリンジに分注

(b)処置
◎MN処置前24時間以内に、4%クロルヘキシジンシャンプーで全身を洗浄
◎メサドン(オピオイド系鎮痛薬)およびジアゼパムで鎮静し、プロポフォールによる全身麻酔
◎脱毛部位に油性ペンを用いて線を引き、MN側とPRP+MN側を識別
◎MN前に、6mmのパンチ生検用の皮膚サンプルを採取
◎MN処置には2.5mmの針を備えたDermaRollerSystem®DRS25を使用
◎MN側には脱毛部に一定の圧をかけて、微量出血が認められるまでローリング
◎PRP+MN側には4-6mlのPRPを塗布し、上記のようにローリング
◎MN処置後24時間はシャンプー禁止、処置部位への薬の塗布は禁止

評価

◎治療部位の写真は、治療前と治療後約1、3、6、12ヶ月に撮影
◎0〜4の主観的発毛評価尺度(HGAS:後述)を使用して、各時点で臨床医および飼い主によって発毛の程度が評価された
◎犬は、治療の持続性を判定するため、12ヶ月以上追跡調査された

 

結果

結果をまとめたものが下記の表になります。

主観的発毛評価尺度(HGAS)
0:改善なし
1:1-25%の改善
2:26-50%の改善
3:51-75%の改善
4:76-100%の改善
N/A:犬は評価されず

3ヶ月後の時点では、3頭(CASE2-4)で脱毛は改善し、2頭(CASE2,3)がMN+PRP側でより多くの毛の再生を認めました
・6ヶ月の時点では、3頭の犬(CASE1-3)でMN側と MN+PRP側の両方とも76-100%改善し、12ヶ月後では変化がありませんでした(6ヶ月後以降、MN側とMN+PRP側は同程度に改善)
・1頭の犬(CASE4)は3ヶ月でMN側とMN+PRP側の両方とも26-50%改善し、12ヶ月後に50%以上改善しました
・4匹の全てにおいて、再成長した毛は主に二次毛でしたが、一次毛も観察されました
・有害事象は認められませんでした
・再成長した毛は、研究期間中は維持されていました
・サンプルサイズが小さいため、統計解析は実施しませんでした

まとめ

今回の研究は、毛刈り後脱毛症に罹患した犬に対してマイクロニードル処置とPRPの塗布を行った初めての報告です。マイクロニードル処置を行った部位とPRPを塗布しマイクロニードル処置を行った部位の両方とも発毛したことから、マイクロニードル処置やPRPの塗布は毛刈り後脱毛症の犬の新たな治療選択肢になる可能性があります。
さらに、4頭中2頭がマイクロニードル処置後3ヶ月の時点で、PRPを塗布しマイクロニードル処置を行った方がマイクロニードル処置単独よりも早く発毛してきた可能性があり、マイクロニードル処置とPRPの塗布が相乗効果を示した可能性があります。これは、マイクロニードル処置が皮膚の損傷の治癒過程において、毛隆起(バルジ領域)における幹細胞を活性化させ、新たな毛周期を開始させたことにより、被毛の再生につながり、さらに、PRPが成長因子を供給したことにより創傷治癒過程が活性化したと考えられます。
ただし、マイクロニードル処置後6ヶ月以降は、マイクロニードル処置部位とPRPを塗布しマイクロニードル処置を行った部位での改善率は同等で、長期的な改善率に変化はないことから、PRPはより早く発毛させたい症例に適用かもしれません。(CASE4はショードックで、このようなケースでは適用と考えられます。)

皮ふキャンポイント

今回、この報告で使用したArthrex ACP® Double-Syringe Systemは、PRPを無菌的に作成することができ、ヒトで複数の臨床研究にも用いられている医療機器ですが、価格が高額なことや専用の遠心機が必要なことを考慮すると、獣医療で汎用するにはもう少し時間がかかりそうです。PRPを美容上の問題とされる毛刈り後脱毛症の治療として使用するにはさらなる研究が必要ですが、PRPはヒトの整形外科では変形性関節症や筋肉や腱、靭帯の損傷など、皮膚科では難治性潰瘍(外傷、褥瘡など)などで臨床使用されており、今後、獣医療においても臨床使用が期待される分野の一つで、適応症はたくさんあると考えられます。獣医療におけるPRPの安価で簡易的な作成キットの販売も期待したいところですね!

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