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2020.4.25 緑の部屋

一日に一回、その部屋に入ることを許されていた。許可するのはこの洞穴の主人で、許可されるのが私だった。主人は背が高すぎて、私は彼女の顔を見たことがなかった。部屋へ続く鼠色のドアを手前に開くと、窓はなく家具も置かれていない真四角の空間が、緑色の壁と緑色の天井と、個体でも液体でも気体でもない緑色の床に囲まれていた。部屋の中央には白熱球のランプがひとつ下がっていて、ドアを開け閉めする度に金具は音を立てて軋んだ。私が割り当てられたのとは別の白いドアが正方形の右斜め向かいにあり、五日に一

    • 2020.3.7 回想・引用・日記

      *回想・星と土 100年前に住んでいた町を電車で通過した。線路脇に斜めに生えた標識が午後の日差しで光っている。晴れている日のその町のことは好きだった。実際には、ちょうど1年前にこの駅から電車に乗って、乗り継ぎでしか降りない駅でJRに乗り換えて、実家へ引っ越した。今日は帰りに星がよく見えた。実はベテルギウスは爆発してしまってもうないかもしれないらしいとネットニュースで読んだ。会社の尊敬しているフェミニストの先輩とプラネタリウムで宇宙を眺めた帰りに読んだのでとてもショックだった

      • 2020.2.19 頌歌をあげるね

        味付けが同じ何種類もの韓国料理を食べたあと、これでは今日を終わらせることが出来ないからと、24時を過ぎてから始まる上映へと、若さにかまけてふたりで乗り込みました。2回目の「ハスラーズ」を歌舞伎町の真ん中の映画館で観てから、珈琲貴族で紅茶貴族として始発を待って、もうひと遊びして解散しました。Apple Storeに黙々と並ぶ電子製品たちを24時間見守る光源たちも、桜色したカプシーヌのするりとした表面を照らしてみせるヴィトンのダウンライトも、土曜日の新宿を満たす"朝5時の等しさ"

        • 2020.2.12 2000才になった私の娘へ

          家の近くの映画館で「ハスラーズ」を見ました。ストリップクラブで出会った女たちによるギャング映画。男の酒にドラッグをこっそり混入させて、クラブに連れ込み、ハイになって意識が朦朧とした彼らのカードを切りまくる小気味良さに、彼女たちとシャンパンをあおって朝まで踊りたくなりました。擦り切れたブランドものの長財布から、少女の頃の自分の写真とディスティニーの写真を大切そうに取り出し、印画してある面と面をぴったり向かい合わせ、また大事にしまうラモーナのことを何度も思い返しています。 私た

        2020.4.25 緑の部屋

          2020.2.2 踊るように話すこと

          踊りに行かずに話し込んでいたら朝になっていた。少しだけ寝て、会社へ向かう。電車で『砂の粒/孤独な場所で』(金井美恵子)を読み始めた。冒頭が「日記」という文章で、一文字も見逃さないよう、戻りつ戻りつ行を辿った。写真の現像を待ちながら本屋をぶらついて『あまりにも真昼の恋愛』(キム・グミ)を買った。コートのボタンが2個とも取れてしまったので、お直しに出した。混み合っておりお受け取りは3日後になります、と申し訳なさそうに言われ、全然大丈夫ですと答える。コートに昨日のたばこのにおいが残

          2020.2.2 踊るように話すこと

          2020.2.1 未・悪・リスロマンティック

          土曜日なので周波数を土星に合わせ、147.85ヘルツにしました。朝に解凍されていく街々を眺めてから、『女と女』を鞄から取り出して残りの電車移動のあいだに読みました。「もう会いたくないあの子へ」のほの明るい怨念がこうして文字になってくれて本当によかった、生きててよかった〜と真顔で感謝していました。小銭が5枚、お札が7枚くらいしか入らない財布にしてからストレスが減ったので、今日も小さい財布を選ぼうと決めていました。だから、真っ赤で、すべすべで、手の平に収まり、小銭5枚とお札7枚し

          2020.2.1 未・悪・リスロマンティック

          2019.11.11 冬が来るということ

          24:13  最後の晩餐にしましょう、ということで入ったお店の一番奥の席に座った。 テーブルを挟んで向かい合う。シンハービールと東南アジアの国旗がラベリングされたビールをそれぞれ頼んだ。カオマンガイと揚げ春巻きもお願いしたけれど、タイ料理屋で揚げたタイプの春巻きを頼む人を初めて見たので、そういう彼女の知らない世界を教えてくれるところ、悪く言えば突然遠慮のなくなるところが好きだと思った。 もうあと一週間でこの街から出て行ってしまう人を、止めることも追いかけることも許されている

          2019.11.11 冬が来るということ

          2019.10.28 水浸しでも月はきれい

          24:55  私の心臓が停止するのと同時に爆発して塵になる星がこの宇宙にひとつくらいないだろうか。家の近くで乗りものを降りて空を見上げ歩いているとだんだん星々が増えてきてそのうちに信じられない数になった。足をとめてふるえる心を抑えながら静かに宇宙を見た。自由なまま輝けずもてあました体は地球に張り付いたまま私を離してはくれない。仕方ないから地に足付けて、粛々と夜を行く。 ?と思うことがあっても、望む未来に星がなくても、最近は雨を飼いならしたし、今日は好きな男の子たちが隣の国で

          2019.10.28 水浸しでも月はきれい

          2019.9.19 やさしさとはぐれたら

          19:53 彼女は常に玉乗りをしている。買いたいものがあるわけでもないのにただ街を歩き回るときも、とてもはやく走る犬の散歩をする朝も、来月号の原稿を無事受け取ってタクシーに乗る深夜も、恋人の隣で眠っているときも、不安定な球体の上でバランスを取っている。万が一にも玉から落ちたら死んでしまうのではないかと、私は彼女を心配している。 彼女は他の人に玉が見えないことを知っている。会社の入っているビルの屋上に呼び出されて、どうしてこんなにも出来の悪い人間がこの世に生まれてきたのかを

          2019.9.19 やさしさとはぐれたら

          2019.6.27 二羽と庭、地底の石ころ

          22:10 あらゆる星々にも寿命があるということを悲しいと思うのが君で、安心するのが私なんだよ。 意味もなくかき混ぜたオレンジサイダーと、解けた氷の上澄みがひとつになっていく。飴玉を水に溶かしたみたいな、曖昧な甘みが渇いた口の中でほぐれていくのを想像しただけで吐き気が込み上げてくる。そういう夢を見たの。 目が覚めたら、車は大きな橋の上にいて、海の向こう側に川崎のでこぼこした工場と、そのさらに南の方角には入道雲が薄紫の空に煙っている。1時間以上車に乗る前には絶対トイレに行こう

          2019.6.27 二羽と庭、地底の石ころ

          2019.6.12 羽化、光よこしま

          22:34 地下鉄が日々をどんどん通過していくのを感じる。 ガラスの向こうの暗闇に映る私の顔を見つけて、口角をうにうに動かしてみる。トンネルの照明が、三和子のおでこを等間隔に瞬いていく。 もう暑い季節にさ、たまに冷える日、そういう日は夏の夏休みなんだろね、と三和子が丸出しの二の腕を寒そうにさする。今日はまだばりばり梅雨なのに、三和子の体のすみずみが夏を主張している。 ペディキュアの真っ赤な色、ダメージデニムのショートパンツ。オレンジの目元がかわいいけれど、ダズショップのゼ

          2019.6.12 羽化、光よこしま

          2019.6.7 淵、ウチらだけで行っちゃおう

          22:30   今日は体が星にならなかった。『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』を手に取って戻すのを2巡してからレジに置いた自分を褒めたい。正解だよ!電車の中で読みながら、kemioの明るさに照らされてマジでまつ毛がどんどんのびた。そのまま人で、今日はいられた。 --- 本屋でアルバイトをしたから、本を読んでも人はよい人間に必ずしもならないと知れた。どうしてこんな難しい本を買うのにいじわるなのさ、という大人がたくさんいた。この本読んで賢くならなければならないという 強迫観念に

          2019.6.7 淵、ウチらだけで行っちゃおう

          2019.6.6 地下、星の皮膚

          - -- --- ----- 20:06 上昇するエスカレーターに乗っている。新宿駅のいちばん地下深くから、蒸した空気を掻き分けて、登っていく。クリアベースの爪先がつり革を掴んでいるのだけが見えた。トントンと、その人の親指がリズムを刻むたび、ランダムなホログラムの加工が反射で光る。次のネイルは銀色のホログラムを、人差し指に載せて貰おうと思う。3月、初めてネイルサロンに行った。ピンクベージュのワンカラー5,000円で、ものの1時間で、そのとき引きちぎれそうだった心が完璧に近く

          2019.6.6 地下、星の皮膚