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スピッツの名盤『インディゴ地平線』における『チェリー』の立ち位置を、歌詞から眺めてみる


『インディゴ地平線』って最後の『チェリー』だけ浮いてて要らなくない?


長年燻り続けているこの『チェリー』問題。ファンの間でも度々議論になっているとか、いないとか。今回はこれについての私的な感想を、短いですがダラダラと述べていきたいと思います。


まずは基本情報から。
『チェリー』はスピッツが1996年4月10日に発売した13thシングルであり、同年10月23日発売のアルバム『インディゴ地平線』のトリを飾る曲として収録されています。シングルとしては160万枚以上を売り上げるミリオンセラーを記録。
『インディゴ地平線』は、川谷絵音氏率いるバンド≪indigo la End≫の元ネタでもあります。


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(私は8cmシングルの世代ではないので、縦長のジャケットが結構新鮮です)


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『チェリー』は所謂スピッツの三大有名曲(残りは『空も飛べるはず』・『ロビンソン』)であり、音楽の教科書に載ったりカラオケ定番曲に名を連ねたりなど、今現在に至るまで身近に親しまれている、と評しても過言ではないでしょう。

かく言う私自身も、中学の時の音楽の授業では課題曲としてギターで弾いた過去があります。ごく最近だと、TVアニメ『明日ちゃんのセーラー服』の7話の劇中で中学生の女の子による『チェリー』の弾き語りが披露され、SNSで少し話題になっていたのを見かけました。リズムがシャッフルなので、原曲のアクセントを忠実に再現しようとすると少し難しいですが、使用コード自体は簡単でダウンストロークのみなら初心者向きかもしれませんね。




さて、そろそろ本題に向かいましょう。

まず私も、『インディゴ地平線』において『チェリー』だけは明らかに毛色が違うと感じています。
例えばサウンドのアレンジがとにかく派手なことは、その違和感の一端を担っているでしょう。

同アルバム収録の『初恋クレイジー』や『渚』ではピアノやシーケンスが印象的に使われていますが、基本的にはあくまで一定のフレーズを周期的に奏でることに止まっており、どちらかと言えば裏方のサポート的な役割が強めです。

一方で『チェリー』の終盤では、ホーンやストリングスがかなり明るく前面に出てきます。CDのクレジットを見る限りだと、バリトン・アルト・テナーサックスにクラリネットまで入っているらしいです。

『インディゴ地平線』は他の収録曲のサウンドの輪郭が曖昧(当人達的にも主にミックスが満足いく出来栄えではなかったようですが)で、全体としてややローテンションなアルバムに感じられることも、その異物感に拍車をかけているように思います。『ほうき星』や『マフラーマン』などの捻りのある、ヘビーでマニアックな曲も入っていますしね。

超余談ですが、先日WOWOWで放送された特番≪優しいスピッツ a secret session in Obihiro≫(メイキングを視聴した上で、わざと「ライブ」という表現は避けてみます)での『ハヤテ』の演奏はメチャ良かったです。イントロがちょい長めで少し驚きました。

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ここからはやっと、詞への見解です。

結論から述べると、「『チェリー』は『インディゴ地平線』というアルバムのエンドロールである」と私は捉えています。以下、理由。


最初に比較対象として、『チェリー』以外の曲のサビの歌詞をいくつか並べてみます。

誰彼 すき間を抜けて おかしな秘密の場所へ
君と行くのさ 迷わずに(初恋クレイジー)
だからナナ 君だけが ナナ ここにいる
ナナ 夢がある野望もある たぶんずっと(ナナへの気持ち)
夕陽が笑う 君も笑うから 明日を見る
甘いしずく 舌で受け止めてつないでいこう(夕陽が笑う、君も笑う)


一方で『チェリー』のサビの歌詞が以下。

「愛してる」の響きだけで 強くなれる気がしたよ
いつかまたこの場所で 君とめぐり会いたい


カギになるのが「時間軸」です。

時間軸を念頭に詞を読むと、その他の曲の視点「現在」で膨らんでいる己の心情に向かっているのに対し、『チェリー』の視点「過去」でもう既に弾けてしまった感情を振り返っています。ここは明確な差異でしょう。

(一応『渚』や『ハヤテ』等々のAメロでも過去形が入ったフレーズが使われています。が、基本的に楽曲が有する最大のメッセージを、曲が一番盛り上がるサビに持ってくるケースが大半であることに鑑みると、サビ同士での比較が妥当だと判断しました。)


敢えて恋愛に絡ませて分かりやすく例えれば、その他の曲は〈恋愛中〉『チェリー』は〈恋愛後〉だと言えます。そして『チェリー』は、曲調から往々にして「甘い歌」という認識をされがちですが、よくよく詞をなぞると正確には「甘酸っぱい歌(仮タイトルも『びわ』だったらしいです)であり、恐らくは〈失恋後〉であることが読み取れます。そもそもからして、【君を忘れない】なんて「離別を前提とした前向きな決意」から歌が始まるわけですから。想像した以上の騒がしい未来が待ち受けているのも【僕】一人であって、決して「僕ら」ではないのです。

仮に上記の考えに則れば、『チェリー』の主観が存在する時間だけは、他の曲の「その後」になります。つまり、M1.『花泥棒』からM11.『夕陽が笑う、君も笑う』で展開されてきた、「かつての自分が≪君≫に対して孕んでいた微熱」に思いを馳せているのがM12.『チェリー』であり、それこそがアルバム『インディゴ地平線』の構造であるように思いました。
【愛してる】という甘美な響きに酔いしれ、人として強くなれる「気がしていた」瞬間(この「気がする」部分に関しては、前の記事でも少し触れています)へと、脳内でタイムスリップをするわけです。【君のせいで大きくなった未来】なんて声高らかに歌っている『初恋クレイジー』なんかは、その艶やかな場面の最たる好例でしょうか。

時間というものは人類平等に不可逆的な概念ですが、だからこそ、そういう在りし日々への追憶・懐古に深みが生じていると思います。


アルバム表題曲の『インディゴ地平線』では【君に見せたい】ものとして「インディゴブルーに染まった、地平線の果て」が出てきます。アルバムのタイトルに使用されているそのワードが正に、『チェリー』の主人公が若かりし頃に携えていた内なる情動の比喩であり、本アルバムの大テーマなのかもしれません。

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『チェリー』はエンドロールだ、と先ほど書きましたが、イメージとしては「一本の短編集映画を鑑賞した最後に流れる曲」という感じです。そういう意味で最初の「チェリーが浮いている」という表現は、私にとっては正解であり、同時に不正解でもあるとも感じられます。映画の最後、エンドロールも本編であると認識し、終了まで座席に腰を落ち着けているかは、かなり人に依りますね。

もし『チェリー』を『インディゴ地平線の中のチェリー』だとより強く認識すると、『花泥棒』や『初恋クレイジー』を筆頭に描写されている青臭い感情群を踏まえた時に、【二度と戻れない くすぐりあって転げた日】や【ズルしても真面目にも 生きてゆける気がしたよ】という『チェリー』の感傷的な歌詞に、新たなスケール感での包容力が顕れると思いませんか?

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私はよく『インディゴ地平線』を頭から通して楽しむのですが、『チェリー』の間奏後、Aメロに戻ってから、を聴く瞬間が堪らなく好きです。

【君を忘れない】からストリングスやホーンが入り曲の背景を盛り上げる代わりに、低音を支えるベースが抜けてフワッとした丸みのあるサウンドになる数瞬、緩やかな流れの中でフラッシュバックするかのように「過去」を懐かしみ。

【きっと想像した以上に騒がしい未来が僕を待ってる】という歌詞に合わせてベースが戻ってきて、演奏的にも心情的にも地に足が着き。

そこからラスサビで壮大に盛り上げて、【いつかまたこの場所で君とめぐり会いたい】と希望を吐き、静謐と余韻を残しながらアルバムを締めくくる。

最高です。



と、まぁここまで妄想を広げてみたわけですが、メンバー本人達がこの思考で『チェリー』を『インディゴ地平線』の最後に収録したとは、当然ですが微塵も思っていません(笑)。そもそも私みたいな素人が、試行錯誤して作品に心血を注いでいるアーティスト側の気持ちを推し測れるわけがないですからね。アルバムのコンセプトから明らかに外れるとは言え、収録しないわけにもいかないから最後に置いてみた、的な、非常にシンプルな可能性も十分あります。

ただ仮にそうだとしても、曲順の妙と申せば良いでしょうか、曲と曲との相互関係の中で見事な相乗効果を生んでいる、と個人的には感じています。元々私がアルバムを体系的に考察するのが好きというのも大きいですが。


Youtubeの『チェリー』のMVの新着順コメント欄では、上述した『明日ちゃんのセーラー服』の影響で聴きにきた、というユーザーが多く散見されました。外国の方や、私よりも年齢が若い方など。この文章を書いている時点(2022/02/25)では9018万回再生です。

名曲が単体として更に色んな人に愛されていくのは勿論のこと、収録アルバムである『インディゴ地平線』の方にも、興味があれば耳を傾けていただきたい、そんな微かな期待を込めつつ一旦筆を置かせてもらいます。
良い曲いっぱい入ってるよ~。





その他雑記

スピッツはその日初めてライブに来た方向けに、三大有名曲の内のどれか最低一曲を披露するお約束みたいなものが存在する(確か)ので、当然『チェリー』もこれまで何百(何千?)回と演奏されてきました。

その流れで自然と多くの映像作品に収録されることが多いのですが、私は『SPITZ JAMBOREE TOUR 2016 “醒 め な い”』ツアーの『チェリー』が一番好きです。
3番Aメロで揺蕩うように流れるストリングス音源と、勢いよく割り込んできて歌詞の内容(【きっと想像した以上に~】)に合わせて溌溂と歩いていくベースのフレーズ(ベースの田村さんはアドリブが多いのでここのフレーズが毎回違います)が琴線に触れます。
これこそが、いつかどこかのバンドが歌っていた【心弾ませる良いメロディー】ってヤツでしょうか。


スピッツはファンとしての贔屓目抜きで、個々、そしてバンドとしての演奏力が高いので、どの曲も原曲に忠実ながらもライブ用にブラッシュアップしてくれます。ライブだとバンドサウンドが強めで、アレンジがとてもスリム。それもまた趣があり、一興。

気になる方は、是非とも生演奏の場へ。


おわり

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