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豊後大友家臣団の戦国ネタ

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2020年11月の記事一覧

仁王三郎清綱と高橋紹雲

仁王三郎清綱と高橋紹雲

大友家臣の中で立花道雪と並ぶ武勇伝の多い家臣です。1548年から1586年の生涯ですから38歳!島津との戦いで生きていれば、間違いなく大友家臣の柱になる人物です。立花宗茂の実父としても有名です。また、高橋紹雲の一族の末が麻生太郎。元総理大臣に繋がるからビックリです。高橋紹雲は岩屋城の戦いが有名ですが、それ以外にも多くの戦場で武功をあげています。ちなみ愛刀は仁王三郎清綱。岩屋城の戦いの前に息子に授け

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日本版諸葛亮孔明⁈ 角隈石宗

日本版諸葛亮孔明⁈ 角隈石宗

大友宗麟の父と宗麟の軍師的存在の家臣が角隈石宗です。生誕不明、没年が1578年12/10です。耳川合戦で討ち死にしたと言われています。兵法は武田流、小笠原流を学び、占術、気象予測にも詳しかったそうです。弟子に立花道雪がいます。宗麟にも軍学を教えていたようです。ともかく人格者。全ての人が尊敬していたと書かれていますからかなりの功臣でしょう。島津討伐に反対したが聞き入れられず、死の覚悟で自身がかいた兵

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立花道雪と雷切

立花道雪と雷切

立花道雪は九州は豊後国の戦国大名、大友宗麟の家臣です。1513年から1585年とありますから72歳まで生きた武将です。14歳で初陣。この時の活躍から彼は「鬼」と呼ばれるようになります。それから32歳くらいの時に家で休んでいるところを落雷にあいます。その時にとっさに手元にあった太刀「千鳥」を振り下ろし、落雷の中にいた雷神を切った。と言われています。この時の後遺症で彼は半身不随になります。本来なら引退

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大友宗麟と隠し財宝

大友宗麟と隠し財宝

大友宗麟は戦国武将、キリシタン武将として有名ですが、海外貿易で西洋文化を積極的に取り入れた武将としても有名です。

信長の野望をしてるとわかるのですが、まあまあな名刀、茶器、名馬、大砲、鉄砲をお持ちの武将です。おそらく戦国時代で一二を争う、収集癖のある武将です。骨喰藤四郎なんか数億円で松永さんから購入しています。それを息子は惜しげもなく秀吉にあげるんですけどね。

西洋と積極的に貿易していたので、

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