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25. ペルー

 スペイン語が全く出来ないまま、「英語が話せますか?」というスペイン語だけ覚えて、クスコに到着。デイビッドに教えてもらったゲストハウスに電話をして、真っ直ぐにそこへ向かった。サン・ペドロというサボテンのメディスンのシャーマンでもあるレズリーという南アフリカ出身のいくばくか年上の女性が経営していた。

 そのゲストハウスは、彼女ならではの西洋のセンスがベースにあり、ペルーらしくカラフルで、どの部屋も個性的で、清潔で可愛らしく、他のゲストハウスより少しだけ値段が高かったけれど、十分にその価値はあった。ペルーにいる間中、私はそこを拠点にあちこち行く事にした。まずは、3泊4日かけてマチュピチュへ歩いていくインカトレールのツアーをアレンジして、早速出かけた。

 インカ帝国の時代、ペルーの首都クスコから南米各地へ長大な道が建設された中の一つ、クスコとマチュピチュを結ぶのがインカトレールで、3泊4日のものから1日のもの、もっと長い日数のツアーなどがある。

 同じツアーに申し込んだグループ10名ほどが、ガイドと食事を用意してくれるポーター達を連れて、インカトレールを3日間毎日歩く。ポーター達は全員の食料やテント、ガスボンベや水を担ぎ、それぞれのポイントでメインキャンプを作り、食事を毎食用意してくれるのだ。インカトレールの険しさは聞いていたけれど、4日分の個人的な荷物を持っての山歩きは、相当厳しかった。山歩きに自信があった私だが、初日でギブアップして、お金を支払って、翌日からはポーターに荷物を持ってもらった。

何しろ、階段のアップダウンが激しい。2日目には標高4300メートルの所に辿り着いた。雲が目前のアンデスの山々にかかる。当然のことであるが夏でも寒い。

もうほとんど名前も忘れてしまったし、顔も国籍もうろ覚えだけれど、グループのみんなとお喋りしながら歩いたその三日間は、すぐに終盤に差し掛かった。最終日の4日目は、早朝夜明け前に出発して、いよいよマチュピチュに到着する。

夜明け前の暗いうちに歩き出し、観光客が入るゲートとは全く別の、サンゲートというマチュピチュの上方の入り口にたどり着いて、私達は日が昇るのを待った。薄明るくなった下界を見下ろすと深い霧がかかっている。

そして、日が昇り、明るくなると同時に、その霧がすーーっと晴れ、その場所に、まるで物語のように厳かにマチュピチュが出現した。その光景を見ながら、私達はみんな泣いた。「俺たちやったな!」三日間もかけてキツい道をみんなで歩いてきているから感動もひとしおだ。

 ガイドに促され、私達はマチュピチュに降りていく。まだ観光客が来ない時間で静かだったが、あちらこちら、ガイドに案内されているうちに、下方の入り口から入ってきた観光客で、いっぱいになって来た。そうなるともう空気が変わってきて、ただの観光地である。

どこでどうやって解散して、どうやってゲストハウスに帰ったのか忘れてしまったが、翌日も私は、早朝マチュピチュにやってきて、ワイナピチュというマチュピチュの隣の遺跡にほぼ駆け足で昇り、またマチュピチュを上方から眺めて過ごした。

『毎月の来るべきモノが来ない、、、』

 その時の私は、喜びと恐怖の2つを同時に感じていた。そして、ゲストハウスに帰って眠った翌朝『あんな人の子供は産めない、、、!』という声だか思いだかと一緒に目覚めた。そして、レズリーに相談した。「もしかしたら妊娠しているかもしれない」でも、私の彼は多分、認めないだろう、とも。

  直ぐにレズリーは、婦人科の女性ドクターに私を連れて行ってくれた。ドクターは私を見るなり、「ああ、妊娠してるわね」何人も見ているから胸の感じで分かるらしい。「でもキチンとチェックするわね」と検査をしてくれた。

妊娠2ヶ月。順調らしい。あんなに子供を持つ事に憧れていたのに心は重かった。妊娠して初めて私は、デイビッドの女性関係で苦しんでる自分に直面したのだ。見たい現実だけ見て、デイビッドが自分の憧れて来た幸せな家族を作るような相手ではない事、デイビッドに自分の理想を押し付けてしまっている事、私は私だけを見てくれる人を求めていて、他の恋人を持つような人は嫌だという事、それらが現実に子供が宿った事で、一気にクリアに見えて愕然としたのだった。

『どうしよう、、。どうしたらいいんだろう、、、』

とりあえず、いずれにせよ『伝えなければ』

 私は意を決してデイビッドに電話を入れた。「私達、ベイビー授かったよ」すると意外な返答が返って来た。「わーお。じゃあ、ブラジルなんて行ってられないじゃない。いつ戻る?愛してるよ!」

 狐につままれたかのようだ、、。それでも私は嬉しくて、心配そうに待っていたレズリーに報告した。彼女もホッとして喜んでくれた。デイビッドにはクリスマスまでに帰ると伝え、一旦、予定通り、アマゾンの奥地へアヤワスカの儀式を受けるためにシャーマンに会いに行った。


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