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「映画大好きポンポさん」は素晴らしく良かったのだが、アリア問題を先にまとめておきたい(色々追記あり)

原作漫画を1年位前に読んでから、期待していた映画化には本当に満足していて、山田玲司氏はじめ各方面で絶賛されているのはきっとみなさんご存知だと思うのだが、元クラシック音楽クラスタ出身としては触れないわけにいかない問題があるのだ。

それが「マタイ受難曲のアリア」問題なのである。映画本編の感想を綴る前に、このことに関して一言まとめておきたいと思う。

通常、「マタイ受難曲のアリア」といえば、この曲を指すことが一般的なのではないか?

Erbarme dich(憐れみ給え、我が神よ)、マタイ受難曲の中でも人々の心を打つ名アリアのひとつであろう。白状しておくと、自分自身はどちらかというとロマン派以降の音楽を得意にしていたのでバッハはあまり詳しくないし、マタイ受難曲はライブでは1回しか聞いたことがない。そんな自分でもこの旋律は覚えているくらい、魂に響いた旋律なのだ。


一方で、ポンポさんのなかでナタリー演じるアルプスの少女リリーが口ずさんで居たのはこちらの旋律だった。

所謂「受難のコラール」と呼ばれる、マタイ全曲のうち、転調しながら5回出てくる、民衆の思いを表すコラール。これもマタイ受難曲を代表する名曲だ。人類の遺産と呼んでも良い。声楽をやっている人なら一度は歌ってみたいコラールだろう。

私を認めてください、私の牧者よ。
私の羊飼いよ、私を受け入れてください! 
すべての宝の泉であるあなたから
私に多くの良いことが行われました。
あなたの口は私を元気づけてくれました、
乳と甘い食べ物によって。
あなたの霊は私に与えました、
多くの天国の喜びを。

ジーンたちが撮影する劇中映画「MEISTER」のなかで、この旋律をリリーは口ずさみ、アルプスの生活に刺激を受けていたマーティン演じる落ちぶれた指揮者ダルベールはガツンと決定的な刺激を受ける。それが復活のきっかけとなり、マタイ受難曲のアリアで復活を果たす?という筋書きがMEISTERのストーリーだと思えるのだが。

そのくらい重要な音楽なのだが、どうもその描き方が今ひとつというか、映画に関してあれだけこだわりを見せている作品なのに、この設定に関しては今ひとつな感じがするのだ。

こちらのサイトでも指摘されているが、「マタイ受難曲のアリア」を演奏中らしきオーケストラのシーンには、合唱団もソロ歌手も描かれていない。見落としたかもしれないが、管楽器奏者も居なかったのではないか?百歩譲って、マタイ受難曲のコラールを弦楽アンサンブルとソロ歌手に編曲したものをコンサートの1曲として取り上げた、というのなら、少なくとも歌手を一人は立たせるべきではなかったのか?

あとは、個人的なアマチュア音楽での経験の範囲内ではあるが、バッハを演奏あるいは指揮する人は、バッハの音楽の影響なのか人格者が多かったように思う。(MEISTERの指揮者ダルベールのように)演奏者をなじるような指揮者がバッハの、それもマタイ受難曲を指揮するというのがピンとこない、有り体に言えばありえないのではないか?

もしかするとタルコフスキーの「サクリファイス」へのリスペクトとして「マタイ受難曲のアリア」というフレーズを映画独自に使ったのだろうか?というくらい、映画の中でのMEISTERのアリアとオーケストラの描かれ方はいろいろと疑問点が多い。

しかし、原作では音楽は聞こえてこないが、マンガには歌詞が描かれているコマがあった!

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(Kindle版「映画大好きポンポさん」より引用)
ということで早速この歌詞を検索してみると、確かにマタイ受難曲のコラール第44番の歌詞である。

Nr.44 Choral         
Befiehl du deine Wege      お前の行く道と、
und was dein Herze kränkt   心の患いを、
der allertreusten Pflege       天を統べる方の
des, der den Himmel lenkt.   変わることのない護りに委ねなさい。
Der Wolken, Luft und Winden   その方は雲にも、大気と風にも
gibt Wege, Lauf und Bahn    行くべき道を与えてくださる。
der wird auch Wege finden,     その方が新しい道を見つけてくださる
da dein Fuß gehen kann.     お前が歩むことのできる道を。

読み返してみると、原作漫画中に「マタイ受難曲のアリア」というセリフはなかった。しかし原作者の杉谷庄吾氏は、明確にマタイ受難曲コラールのこの音楽を意識していたことははっきりした。何しろ原作漫画では、スイスロケが終わったら、次はもうニャカデミー賞を取っていた(キャストの打ち上げや編集のシーンは受賞式の最中に回想している)場面なので、オーケストラの演奏シーンや追加撮影のシーンなどはすべて映画オリジナルだったのだ。

(6/30補足;同じ原作者のコミック「映画大好きポンポさんthe Omnibus」収録の「ダラダラダイナー編#2」で、ナタリーがMEISTERのストーリーを回想する場面で「映画の最後の最後、アンコールにリリーの歌っていたアリアを演奏するダルベールがこれまたお洒落で,,,」という台詞があり、この時点では杉谷庄吾氏は「アリア」と認識していたことになる。)

ということで、原作者の意向を尊重してマタイ受難曲のコラールの旋律を使ったが、「マタイ受難曲のコラールの主旋律」などと細かいことを正確に表現するよりも「アリア」ということにしてしまったのだろうな、というのが個人的な推測の結論である。それはそれでOKなのだが、ちょっとモヤッとしていたものが晴れたので、気になって調べてみてよかった(*^^*)

余談だが、「帝王」と呼ばれた指揮者はカラヤンだけではないかと思うが、カラヤンはオーケストラの奏者たちを極めて大切に扱ったので、オーケストラ奏者と帝王カラヤンの関係は極めて良好だったと本で読んだ記憶がある。

まあ、そんな細かいところまで気にする必要がないくらい、映画大好きポンポさんは素晴らしい映画であることは間違いないのではあるが!

(※7月6日さらに追記!)

3回目見に行って、映画のラストの演奏シーンで流れるのはこちらのアリア(52番「Können Tränen meiner Wangen」)でした。

実は初回に見た時に購入したパンフレットにもしっかり記載してあった(^^;)

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オーケストラの演奏シーンも、遠景ながら、弦楽器の後方のひな壇に、向かって右から女声コーラス、管楽器、男声コーラスのように描かれているようにも見えた。

スッキリしたと言えばしたのではあるが、原作者も監督も、なんでこんなややこしいことしたのかねぇ、と思わないでもない。「受難のコーラス」をアリアと呼ぶことも一般的ではないし、マタイ受難曲のアリアと聞いて52番をまっさきに思い浮かべる人も多くないと思うのだ。しかし、この映画が素晴らしいことには違いない!

7月8日で上映が終了してしまう当地での1日1回だけの上映に、自分を含めて5人の観客がいたことは嬉しかった。後半でダイナーのシーンにフランちゃんが出ていて台詞もあったり、なんとなく続編や第二弾を作ることが可能な作りになっているようにも感じたので、ぜひとも今後も盛り上げていきたいものである。

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