オフフレーバーを知るとワインが面白くなる-1
過去にブドウ品種毎の特徴香、どちらかというとワインにとってポジティブな香りについてまとめました。もし、興味が有る方がいらっしゃいましたら以下のリンクから見て頂ければと思います。
今回は、ネガティブな香りに関して、1つ1つ説明していきたいと思います。
IBMP/ピーマン、ベジタル
ワインをテスティングするときに出会う、ベジタブルといった表現をさせる、この青臭い香りはメトキシピラジン(3‐Alkyl‐2‐methoxypyrazine)という香気成分が原因とされています。メトキシピラジンにはいくつかの仲間が存在し、主にワイン中に含まれ、香りとして寄与するものは、3‐isobutyl‐2‐methoxypyrazine (IBMP)、3‐isopropyl‐2‐methoxypyrazine (IPMP) 、 3-sec-butyl2-methoxypyrazine (SBMP)の3種類になります。
赤ワイン中の官能閾値は、それぞれ15 ng/L、2 ng/Lとされています。SBMPにおける赤ワイン中の官能閾値は報告されていませんが、水に溶かした際の官能閾値は、1 - 2 ng/L。 いずれもng(ナノグラム)レベルで香るとても強力な香気成分です。
官能閾値というのは、人が香りとして感じることが出来る最小含有量、つまり境目を意味します。しかし、香りを感じる感度は人によって異なります。官能閾値以上に含まれていても感じない人もいるし、官能閾値以下でも感じる人もいます。そのため、官能閾値は、人が香りとして感じることが出来る、あくまで平均的な最小含有量と理解してもらえればと思います。
特に赤ワインにおいて、これらの香りしか感じないほど、高い濃度で含まれた場合、そのワインは「未熟」なブドウで醸造されたと見なされます。一方で、他の香りと共存し、上手くバランスされていればワインの香りの複雑さに貢献するとされる、見方によっては悪い香り、良い香りと判断が難しい香りでもあります。たとえば、ニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランを用いた白ワインでは、IBMPの青さのある香りが好まれ、意図的に高く含まれるように収穫時期や方法、醸造法を工夫している場合もあります。
IBMPはピーマンと表現され、実際野菜のピーマンにもおよそ50,000ng/Lとワインと比べられないほど、超高濃度で含まれることが報告されています。IPMPは、白ワイン中ではアスパラガス、グリーンピース、赤ワイン中では青さ、土っぽさのニュアンスがあると表現されます。
土っぽさってどんなニュアンスとよく聞かれるのですが、個人的には「ゴボウの香り」に近いと思っているので、その香りを思い出してもらえればと思います。
この香りは、ブドウに由来する香りです。ブドウ品種にも依存し、含有量の高いブドウ品種と、低いブドウ品種に分かれます。高いブドウ品種としては、ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、カルメネール、メルローなどが挙げられます。低いブドウ品種としては、シラー、ピノ・ノワール、シャルドネ、リースリングなど、日本のブドウ品種である甲州、マスカット・ベーリーAも含有量の低いブドウ品種です。
メトキシピラジンは上の写真にあるような、緑色でとても未熟なブドウ果実で最も含有量が高く、熟すほどにその含有量が減っていきます。
一般に植物は、種子が成熟したタイミングで、果実全体が甘く美味しい状態になり、それを動物たちに食べてもらい、彼らの移動ともに種子をより遠くに運んでもらうことで、分布域を広げていく生存戦略をとっています。
人によって栽培・拡大されているブドウにおいてもその生存戦略が強く残っているブドウ品種があり、種子が未熟なときに、メトキシピラジンを高濃度で含み、強力な青臭い香りをもつことによって、果実を食べにくる動物たちに、「まだ食べごろではない、青臭くて食べても美味しくないよ」と警告する意味があると考えられています。このことは、赤ワインにおいて、メトキシピラジンが多く、未熟で美味しくないとされる理由にもつながります。
栽培において、メトキシピラジンを減らす取り組みが特にカベルネ・ソーヴィニヨン、メルローなどの含有量の高いブドウ品種で行われます。それは、ブドウ果実に光を当てる目的で行われる、除葉という作業です。メトキシピラジンは光に当てることにより分解する性質があるためです。ヴェレゾンというブドウが着色を開始するタイミング以前に実施するほうが良いとされます。除葉のタイミング、どの程度葉を取り除くかは、生産者によってこだわりが分かれるポイントとなります。
ブドウ果実の中でも、そのメトキシピラジンの分布には局在があります。
果汁 < 果皮 <<<<< 果梗
果汁や果肉部分に比べて、果皮に多いですが、それ以上に果梗に多く含まれています。そのため、特にカベルネ・ソーヴィニヨン、メルローなどの含有量の高いブドウ品種では、赤ワインを醸造する際には、極力果梗を取り除くように設計します。一方で、ピノ・ノワールやシラーなど、含有量の低いブドウ品種においては、生産者によっては果梗を一部或は全部残した状態で赤ワイン醸造を行う生産者もいます。果梗には、メトキシピラジン以外にも果実にはあまり含まれていない他の香り成分、豊富なタンニンなどが含まれています。うまくすれば、とても複雑で面白いワインに仕立てる事が可能です。どうするかは、ブドウの状態、熟度、造りたいワインのスタイルによってワイン醸造家が判断して決めることになります。
Geosmin/カビ、湿った土
夕立など、雨が降った後にふと感じる「湿った土っぽい」香りを覚えが無いだろうか?
その原因となる化合物の1つが、Geosmin(ゲオスミン)です。一般に土の中に住んでいる最近の仲間である放線菌や、青カビ(Penicillium sp)が生成することが知られています。また、湖や貯水池では植物プランクトンの一種である藍藻類もGeosminを生成することが知られています。そのため、各地の浄水場ではGeosminを定期的に分析し、カビ臭のない水道水が供給できるように管理しているとのことです。
このGeosminがワインの中にも一定量含まれた場合、欠点があると見なされます。ワイン中の官能閾値は50 - 80 ng/Lで、この濃度以上に含まれた場合、そのワインはカビのにおい、湿った土のにおいがすると、指摘される可能性があります。Geosminもngレベルで人が感じることができる、とても強力な香気成分です。
ここで注意しておきたいのは、コルク臭とは別物ということです。コルク臭もカビのにおいと表現されることもありますが、別の化合物由来であることを理解しておくとよいと思います。コルク臭に関しては別に解説します。
ただし、著者はこの香りに対して、感受性が低いようで、皆がカビ臭を指摘したワイン中でも認識できないことがあります。このように、感受性が低いことを事前に知っていると、ワインの評価をするときに、Geosmin由来のカビ臭があるかないかは、他の感受性の高いメンバーに任せるという判断ができます。ワインのテイスティングをされる方は、是非自分の香りに対する感受性を客観的に理解しておくとよいかと思います。
ワインへのGeosmin混入は、青カビなどで汚染された木桶や樽、或はコルクを介してワインに混入する可能性があります。しかしながら、最も頻度が高いのは、カビで汚染されたブドウを醸造に用いたケースです。
そのため、もちろん健全な状態でブドウを収穫できるように栽培管理をすることが重要ですが、天候が悪く、カビが発生することが合った場合は、房ごとに選果を徹底し、取り除くことが重要です。以下の写真は、選果ではねられたピノ・ノワールの写真です。
カビで汚染されたブドウといえば、Botrytis cinereaというカビ由来の灰色カビ病を想起される方が多いかと思います。Botrytis cinerea自身は直接的にはGeosminを生成することはないのですが、大体のケースで同時に青カビ(特にP.expansum)が発生し、Geosminを生成します。
万が一、Geosminによって汚染されたワインが出来上がったしまった場合、醸造用の活性炭を添加し、Geosminの吸着をさせ、香りを矯正することがあります。しかしながら、活性炭はGeosmin以外のワインの香りや味わいに寄与する成分も吸着してしまうため、醸造家にとってはあくまで最後の手段として考えています。
長くなってしまったので、続きはパート2にまとめたいと思います。
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