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Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第3話

↓前話はこちらです。

↓初見の方は、第1話よりどうぞ。




○ 3

 ワケがわからなくなってきたな……。

 運転席のシートに背中を預け、フロントガラス越しに豪華な中華風の建物を見ながら、池上は溜息をついた。

 昨夜、またしても猟奇殺人事件があった。沢の北峠分署を襲って壊滅させたのと同様の手口らしい。

 ただ、今回は全くの民間人が被害者だ。成人男性4人。みな切り裂かれ、咬み裂かれた上で心臓をくり抜かれている。

 殺害方法など詳細については報道されていない。あまりにも凄惨な状態であり、社会的な影響を鑑みての判断だった。

 恐るべき犯人ではあるが、池上にとってまず気になるのは、自分が捜査を開始した草加に関する事件と関連があるかどうかだ。

 今のところ、同一犯と思われる者に沢の北峠分署が襲われたこと、そこに半年前草加が制服警官として潜入していたこと、昨夜の事件も沢の北峠近辺で起きたことが僅かに関連性を感じさせるのみだ。しかし、池上としては無関係と切って捨てる気にはならなかった。何か、引っかかる……。

 だが今は、こちらに集中だ――。

 意識を無理矢理戻した。

 中華風の建物は、高級レストランだった。知る人ぞ知るという隠れ家的名店らしい。横浜の本牧から山下公園へ向かう途中、埠頭に近い閑静な場所で、繁華街の雑踏とは一線を画している。




 広い敷地内に、個室が点在している。それらは客間らしい。中央に黄金の塔を模って聳えているのが受付や厨房などで、そこから必要に応じて個室へと従業員が赴いている。

 この車の位置からはほんの一部しか見えないが、一流の中華レストランらしく、男はタキシード、女はチャイナドレスなどを着込んでいた。

 今、この中の個室の一つで会食が行われている。与党民事党の議員で日の出製薬の理事に名を連ねている田上孝明と、日の出製薬社長の坂田貢だ。

 池上はフリー・ジャーナリストを装い、彼等が出てきたら突撃取材を敢行するつもりだった。半年前の研究施設の火災についてどう考えているのかぶつける。そして反応を見る。

 田上には物々しくSPが2名ついていた。それ以外に、おそらく民事党がつけたのだろうと思われるボディガードも複数連なっている。彼等に邪魔をされる可能性が高いが、声をかけたことでどのような表情をするのか見たかった。また、それを受けて、企業側が明日以降どのような動きを見せるのかも確認したい。

 あの火災についてまだ探っている者がいるぞ、と思わせて波風を立て、動向を探るのだ。危険を伴うが、1人で捜査をするのだから多少は仕方ない。

 ん? と気になる者が視界に入ってきた。

 高級中華料理店の門を、外から一人の女性がくぐって行った。大きなスーツケースを転がしている。チャイナドレスを着ていたので、これから勤務がはじまる従業員かも知れない。

 その姿は、昔やったゲームのキャラクターである春麗を思い出させた。スレンダーな美人でヘアスタイルも似ていたからだが、それだけではない。

 動きに無駄もなければ、隙もない。中国武術でもやっているのか?

 池上は、彼女の美しさと動きに一瞬目を奪われてしまう。

 いかん……。
 
 慌てて意識を引き戻し、また中央に聳える塔を見上げた。



○ 4

 彼女は、金色の布に隠された料理をキッチンカートに乗せて運んでいた。

 最も奥に位置する個室。ドアの前に大柄な男が2人立っている。見るからに護衛然としていた。SPだろう。

 立ち止まると、2人が視線を向けてきた。

 「本日のサービス料理を運んで参りました」

 彼女が頭を下げながら恭しく言う。

 左の男が金色の布を僅かにめくる。そこには、大きな皿に乗せられた豚の顔があった。ローストしてある。皮を剥ぎながら頬の肉を食べる中華料理があることは、2人も知っているのだろう。特に驚きもしなかった。

 「店の方ですか?」

 右の男が質問を投げる。

 「はい」

 「名札がないようですが?」

 他の従業員は皆、洒落た名札を着けていた。だが、彼女はブルーのチャイナドレスに何もつけていない。

 「私は許されています。特別なサービスをすることになっておりますので」

 男達が目配せし合う。特別なサービス、というのをどう捉えていいのか戸惑っているようだ。

 「ファーストネームだけであれば、名乗らせていただきますが?」

 彼女が微笑みながら言った。 

 「一応聞いておきましょう」

 「エリカ、ともうします。これでご容赦ください」

 世界共通でよくある名前だ。いくらでも誤魔化すことはできる。エリカの頭から足先まで鋭く視線を走らせる男達。

 ピッチリと着こなしたチャイナドレスには何も隠すことはできない。キッチンカートの下の部分に調理用ナイフが置かれてあったが、焼けた豚はさばけても人は斬れないだろう。

 怪しくはないと判断したのか、男達は頷き合う。1人がドアをノックし、ゆっくりと開けた。エリカに入るように促す。

 彼女は優雅に礼をして入って行く。ドアが閉められた。

 広い部屋で歓談をしていた田上孝明と坂田貢の視線が、美しいエリカに釘付けとなった。




 「失礼いたします。特別なサービスに参りました」

 エリカが言うと、2人とも笑顔を見せる。

 「ほう。特別とは、その料理のことかね?」

 坂田が訊いてきた。

 「はい。そして、私も一つサービスをさせていただきます」

 「それは楽しみだ」

 満面の笑みをうかべながら、田上が言った。

 エリカが金色の布をとる。大きめの豚の顔が露わになった。一瞬目を見張る田上と坂田。だが、高級で珍しい料理を食べ慣れているのだろう。すぐに頷きあっている。

 エリカはナイフをカートの下から取り豚の頭にそっと当てる。

 「君のような美人に顔の肉をはぎ取られていくなら、その豚も幸運というものだろう。私たちも食べ甲斐があるね」

 上機嫌な坂田。田上も笑みを絶やさない。

 エリカはまず頭の頂点から豚を切り裂いていった。スーッとナイフが深く肉に入り込む。

 「私は、あなた方を送るように言われてきたんですよ」

 エリカが手を止め、2人を順番に見た。

 「送る?」

 「どこに送ってくれるというのかな?」

 笑いながらも戸惑う2人の男。

 「あの世、です」

 エリカが鋭い目つきになる。男2人が息を呑む。

 豚の頭が真っ二つに分かれた。そこは空洞だった。骨も肉もない。ただ、真ん中に黒光りする物体が一つ。

 サイレンサーつきの拳銃だ――。

 素早くそれを手にとるエリカ。流れるような動作で田上、そして坂田の心臓を撃ち抜く。

 声をあげることもできず、一瞬で命を失った2人の男。

 エリカは自分の完璧な射撃を確認し、ふっ、と息を吐いた。



○ 5

 まだ時間はかかるか……。

 池上はもう何度目かわからなくなった溜息をつくと、黄金の塔を見上げる。

 いいもの喰ってやがるんだろうなぁ。

 思わず苦笑した。

 だが、向こう側から高級中華レストランに近づいてくる影に気づき、怪訝な表情になる。

 制服警察官だった。背が高く、がっちりとした体格をしている。

 なんだ、あいつは?

 奇妙な感じがした。こんな場所を1人で警邏しているなんて、不自然に思える。

 顔を確認しようとしたが、よく見えなかった。夜ではあるが外灯やレストランからの光で、それなりに明るい。しかし、警察帽の下の顔の部分は影が差したように暗かった。

 不穏な思いが胸に湧いてくる。

 警官は迷うことなく、高級中華レストランの敷地内へと入って行く。

 どうして中へ?

 なぜか悪い予感がした。池上は車を降り、警官を追う。

 門をくぐると、中は広い庭園だった。あちこちに綺麗な花が植えられている。下は白い石が敷き詰められていて、踏みしめるたびにジャリジャリと音がする。

 警官はまっすぐに背筋を伸ばしたまま、行進のような歩調で進んでいく。

 不審に思ったらしい者達が姿を現す。おそらく田上の護衛だ。

 「君、何の用だ? ここにはSPもいる。警察官を呼んだ覚えはない。用件を言いたまえ」

 護衛のリーダーらしい男が声をかけた。

 だが、警官は聞こえていないかのように無視し、歩を進めていく。




 「おい、止まれ」

 ついに護衛の1人が警官に近づいていく。場合によっては取り押さえるくらいの勢いだった。

 警官は徐に拳銃を抜き、自分に迫っていた護衛の足を撃った。

 ぐぁっ、と呻き、護衛は蹲る。

 な、なんだと?!

 驚愕して目を見開く池上。何を考えているんだ、あの警官は?

 銃声が響いたため、辺りは騒然となった。従業員達が建物や柱の陰から様子をうかがっている。それぞれの客室は防音となっているのか、出てくる者はいなかった。

 護衛の者達が戸惑っている。彼らは護身術を身につけ警棒など武器も持っているだろう。だが、銃の携帯はしているはずがない。

 警官はそんな状況を把握しているのか、護衛のみを狙って足や肩を次々撃つ。射撃の腕は確かなようだ。

 池上も銃の携帯はしていない。狙われても反撃の術がない。素早く庭園の木に身を隠し、警官の動きを目で追う。    

 奥の個室を目指していた。その前には屈強そうな男が2人。異変に気づき、どちらも銃を取り出した。田上に着くSPだと思われる。つまり、あの部屋には田上と坂田がいる。警官の狙いは、その2人なのか?

 いったいどういうことだ? 



○ 6

 エリカは田上と坂田の死体を不自然にならないような体勢に整え、あたかも食事中のようにした。

 そして、銃を金色の布で巻き、小脇に抱えドアに向かう。

 僅かに開いたところで、外から銃声が聞こえてきた。

 え?!

 怪訝な表情になるエリカ。更にドアを開き、様子を見ようとする。しかし、前に立っているSPの1人が押しとどめてきた。

 「緊急事態です。しばらく中にいてください」

 そう言うと、彼は銃を手に駆けだした。もう1人はまだそこにいる。

 エリカはかまわずドアを開け、外に出た。

 「君っ!」

 残っているSPが咎めようとした。

 だが、エリカがすぐにドアを閉め「お客様を守るのも仕事です」と言うと息を呑み黙る。

 守るどころか暗殺したのだが……。

 様子を見ると、ガッチリとした制服警官が、なぜか田上の護衛達を撃っていた。殺してはいない。足や肩を狙って動けなくしている。そしてこちらに向かってくる。

 何が目的? この店? 田上? それとも私?

 キッと目つきを厳しくするエリカ。

 先ほど駆けだしたSPが躊躇うことなく発砲した。制服警官の肩に命中する。

 一瞬ぐらりとした警官は、しかしすぐに体制を元に戻し、まだ迫ってくる。

 SPが続けて撃つ。逆の肩、脚――。

 警官が倒れた。あれだけ撃たれれば、もう動けないだろう。

 しかし、エリカのその予想は見事に外れた。

 警官は少しだけ寝転んでいたが、むっくりと起き上がり、何事もなかったかのようにまた歩き出す。

 そんな馬鹿な……。

 エリカと、隣に立っていたもう1人のSPが同時に息を呑む。

 銃を撃ったSPも唖然としていた。そんな彼に向かい、警官は無造作に発砲。

 足に命中し、そのSPは倒れた。




 「くそっ!」

 隣にいたもう1人のSPが駆け出す。そして、立て続けに何発も警官を撃った。もう、射殺も辞さないという感じだ。

 胸、脚、腹、そして頭……。

 身体の至る箇所に命中し、警官がドウッと仰向けに倒れる。

 ふう、とSPが息をついた。

 倒れた警官の向こうから、スーツ姿の男が様子をうかがいながらこちらに向かってくる。

 「いったい何があったんですか?」

 男が訊いてきた。客だろうか? いや、そうは見えない。エリカからすると、あの男も只者ではないように感じられた。

 「近づかないで」

 SPが言う。だがすぐに、彼の表情が強ばった。「なんだと……?」と呻くように言う。

 警官が立ち上がったのだ――。

 唖然としているSPに向かい、警官が発砲。肩を弾丸が貫いた。蹲るSP。

 エリカはサッと個室前を離れ、庭園に点在する木の1つに身を寄せた。そして警官がどう動くか探る。

 スーツの男も同じ木に駆けよって様子を見ている。エリカと男の肩が触れあい、僅かに視線を交わしたが、すぐに警官の動きに目を戻す。

 エリカは布を取り払い銃を出し、いつでも使えるように体勢を整える。

 隣の男がチラリと視線をよこし、微かに眉を潜めたがまた戻す。銃をある程度見慣れているらしい。やはり、彼も一般人ではない。

 警官は個室のドアを力任せに開け放った。驚いたことに、扉は壊れてしまった。開いたまま微かに虚しく揺れている。

 イスに座っている田上と坂田に近づくと、警官は腕を持ち上げた。その指先が、鋭く光っている。

 「なんだ、あれは?」

 隣の男が呻くように言った。エリカも凝視する。まるで、大型肉食獣の鋭い爪のようなものが煌めいていたのだ。

 だがそれが、止まったままになる。警官は僅かながら戸惑いを見せているようだ。

 2人が既に死んでいることに気づいたのだろう。アイツの狙いは、エリカ同様、田上と坂田の命だったのだ。




 遠くからパトカーのサイレンが近づいてくる。誰かが通報したらしい。

 警官はサッと顔を動かし視線を巡らせた。一瞬、エリカはその赤い目を見た。隣の男も同様のようだ。息を呑み驚愕している。

 目だけではない。その下に異様に突き出した口、そしてそこから見える鋭い牙。あれは、人間ではない――。

 しばし動きを止めていた警官が、個室の反対側へ素早く動いた。エリカの視界から消える。次の瞬間、ドガァ、と激しい音がした。

 エリカは駆けだした。銃をいつでも使用できるようにしながら、個室の入り口脇の壁に背中を貼り付け、中をのぞく。

 反対側では、さっきの男が同様にしていた。銃がないだけだ。

 気になったが、それより今はあの化け物のような警官のことが先だ。

 あっ?!

 エリカと男が同時に驚愕した。

 個室の反対側の壁が破壊されていたのだ。穴が開き、向こうに庭園が見える。

 サッと穴まで動き、そこから庭園を見るが、既にあの警官の姿はなかった。逃げていったのか?

 いや、逃げると言うより、いる必要がなくなったので出て行った、と言った方がいいか?

 とんでもない状況で、疑問も残るが、エリカもこの場に長居するわけにはいかない。個室を出る。

 「君は何者だ? なぜ銃を持っている?」

 さっきの男が声をかけてきた。

 「あなたこそ何者? 警察関係者? とりあえず私は急ぐの。特に警察の方のお相手をするわけにはいかない」

 「俺も、今は刑事とは関わりたくない」

 「刑事とは? ふふ……。思わせぶりな言い方ね。警察だけど、刑事じゃない。つまり、公安捜査官?」

 カマをかけると、男が表情を強ばらせた。

 「じゃあ、失礼します」

 そう言って身を翻すエリカ。男が追ってきそうな気配を見せたが、チラリと視線を向けると動きを止めた。

 サッと高級レストランの敷地を出て行くエリカ。

 あの男とは、また会うことになる――そんな気がした。そして更に、ありがたくないが、あの怪物のような警官とも……。

 不穏な予感を胸に、エリカは夜の街へ溶け込んでいった。


↓第4話に続く


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