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Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~  第14話

↓前話はこちらです。

↓初見の方は第1話からどうぞ。




○ 28

 今日も山下公園は賑わっていた。秋の陽射しを受け、海も輝いている。

 この間と違うのは、池上より城島の方が先にベンチに座っていたことだ。

 例によって、他人の相席を装い座る池上。視線を合わせずに話を始める。

 「あの事件の目撃者の少女がいる病院に現れた刑事というのは、おまえか?」

 城島が問いかけてくる。

 「どこまで聞いている?」

 逆に質問する池上。

 溜息をつくと、城島は応え始める。

 「瀬山利里亜についていた警官2人が、神奈川県警の田中という刑事の指示を受けて異常者に対応しようとしたが、返り討ちに遭って負傷した。田中という刑事はその後姿を消したらしい、という話だな。病院内で派手な銃撃戦があったようだが、負傷者はその警官2人だけだ」

 「それだけか?」

 「俺の所に入ってくる情報は、それだけだ。それに、どうも、連続猟奇殺人事件の捜査については、一部の派閥の息がかかった班だけに絞られるようになってきた。俺の班はそれからは外れていきそうだ」

 「一部の派閥?」

 怪訝そうな表情になる池上。

 「ああ、噂では、石部派閥と言われている」

 「石部? 警察庁関東管区警察局局長の、石部徳馬か?」

 「そうだ。あのお方は、元は公安出身の官僚だろう? おまえの方が詳しいんじゃないか?」

 「いや、公安の中も複雑なんだ。俺のいる班は末端の離れ小島と言っていい」

 自嘲気味に言う池上。実際に、大森は有能だがひねくれ者で、大きなものに巻かれるということをあまりしない。そこが、池上としても信頼しているところだ。




 「イヤな噂もあるな。公安の中でも汚いことをする裏部隊みたいなのがあるとか? 石部はそこから繋がっている、っていう可能性もあるのか?」

 城島が探るような目で訊いてくる。

 「あくまでも噂だと思っていた方がいい。おまえが自身の今後を考えるなら、な」

 「余計なことは知る必要はない、か……」

 肩を竦める城島。

 公安の裏部隊が本格的に動き出したらしい。池上やエリカ同様、猟奇連続殺人と日の出製薬関係者殺害の一部が、同一犯だと認識したのだろう。それが人狼だとわかっているのかは不明だが。

 池上にも具体的にどこの誰が指示を出しているのかわからない。日の出製薬やその協力者である政財界の大物の仲間に含まれる、警察官僚がそうなのだろう。そいつは、石部派閥も動かして捜査をいいようにねじ曲げようともしている。このままでは、日の出製薬の不正についても有耶無耶にされ、それを調べようとしていた草加の死の原因も闇に紛れて消えていく。

 そんな事にはさせたくない――。

 険しい表情になってしまったらしい、城島が心配そうな視線を向けてきた。

 「おまえは、これからも調べを進めるのか? たぶんそろそろ、目をつけられるぞ」

 「かもしれない。だが、もう戻る気はない。とことん調べる」

 エリカという名の暗殺者としばらく共同戦線を張ることになった、などと言ったら驚くだろう。もちろん口にすることなどできないが。

 「命は大切にしろよ。その、草加という捜査官が本当に謀殺されたんだとしたら、同様の目に遭うかもしれないぞ」

 「ああ。おまえにも迷惑がかかるかもしれないから、もうこの件で会うのはここまでにしよう」

 「いや、俺はいいんだが……」

 申し訳なさそうにしながら、言葉を濁す城島。こいつも本来は、草加ほど過剰ではないにしろ正義感の強い男だ。しかし、結婚もしているし子供もいる。命の危険はもちろん、職を失うのも避けるべきだろう。そのためには、時には目を瞑らなければならない場合もある。そんな現実は、池上にも理解できた。




 「最後に、これまで入ってきた情報の中で何か気になることはないか? どんな小さなことでもいい」

 ううむ、と考え込む城島。

 「これもここだけにしておくが、病院で暴れたのは異常者じゃない。瀬山利里亜を殺害しに来た人狼だ。俺は、はっきりと見た」

 池上がそう言うと、城島は改めて息を呑んだ。

 「本当に、そんな怪物が暴れまわっているのか……?」

 「昨夜民事党の大川康介が殺害された件にしても、俺はある程度人狼が関わっていると思っている」

 詳細はわからない。だが、大川も日の出製薬の理事だった。人狼かエリカ、どちらかの仕業だろう。

 小さく唸るようにすると、城島は深刻そうな顔になる。そして口を開いた。

 「本当に妙というか、些細なことでもあるんだが、沢の北峠辺りの住民に聞き込みをしていた刑事達がおかしな話をしていた」

 「おかしな話?」

 「ああ。あの辺りでは、昔から狼を信仰する宗教があるらしい。ちゃんと神社もあるようだ。それを知る年寄りが何人か、猟奇殺人事件は狼が天罰を下しているんだ、と言っていたそうだ」

 「狼信仰……?」

 息を呑む池上。

 「猟奇殺人事件の被害者達だが、分署の警察官は別として、一般人は皆、ちょっとした悪い面がある」

 城島が続けてそう言った。




 「なんだって? 殺される理由があったというのか?」

 「いや、そんなに大袈裟な悪事じゃない。分署の近くで殺された3人の若者は、いわゆる『迷惑系YouTuber』だった。次の4人は車に乗っていたが、全員からアルコールが検出されている。つまり、酒気帯び運転をしていたわけだ。そして、瀬山利里亜は薬をやっていた非行少女だし、彼女に薬を与え悪さに利用していたチンピラ2人も被害者だ。そいつらに騙されていたとはいえ、彼女に淫行を働こうとしていたサラリーマンもな。そういった情報は秘匿されているはずだが、どこかから漏れて広がった可能性もある。それを聞いた人達が、狼の天罰、と言い始めたようだ」

 あの人狼は、高級中華レストランでは誰も殺していない。奥山殺害の際も、秘書や運転手は死なないように銃撃していた。病院でも同様だった。

 天罰……。

 人狼が殺害する相手には、日の出製薬関係者も含み、それなりの意味があるのか?

 何かが引っかかる。病院では、池上を見て戸惑っていたようなところもあった。

 「どうした、難しそうな顔をして?」

 城島がのぞき込むようにしてきた。

 「いや、なんでもない」誤魔化すように顔を上げると、池上はフッと笑う。「ありがとう。いろいろためになった。じゃあ、しばらく会わないようにしよう。おまえは俺が言ったことは忘れて目の前の事件に集中してくれ」 

 「池上……」

 何か言いたそうな城島。だが、言葉が見つからないようだ。

 池上は立ち上がる。

 「じゃあ……」

 申し訳なさそうな、あるいは心配そうな視線を向ける城島に手を振り、池上はその場を後にした。




○ 29

 「日の出製薬が海外へ化学兵器転用可能な薬物の横流しをしているというのは、事実らしい。お得意様は、中東や南米にまでいるようだ」

 スマホの向こうからトムの声。その説明を、エリカは銃の手入れをしながら聞いている。池上という公安捜査官から得た情報の裏を、彼にとってもらったのだ。

 「公安の一部がそれについて調べてもいたらしいが、いつの間にか有耶無耶になったようだ。日の出製薬に協力したり、あるいは理事にまで名を連ねている政財界の大物が、そんな裏の事業にまで手を貸しているということだろう。その力は、警察内部にまで及んでいる」

 「私へ依頼のあった仕事のターゲット、医療事故に関わった者達や、それをもみ消したり訴えを力尽くで潰した者達、っていうのは、おそらくそっちにも関わっているんでしょうね」

 そう言って、エリカは分解して手入れした銃を、また組み立て始める。

 「ああ、どんな内容であれ、悪事をするのは同じ連中だろう」

 「じゃあ、そいつらを狙っている人狼の目的は何なの?」

 「それはわからない。ただ、殺してまわっているのであれば、復讐か、あんたと同じように誰かに頼まれたのか?」

 「沢の北峠地域で連続殺人を行ったり、警察の分署を壊滅させたのはどういうことかしら?」

 「わからんよ」スマホの向こうで苦笑していそうな口調だ。「なあ、エリカ。少し様子を見てはどうだ? 残りのターゲットをその人狼とやらにとられたとしても、仕方ないだろう。そんなクリーチャー怪物は、想定外だ」

 「そういうわけにはいかないわ。ここまできたら、何が起こっているのかわからないままじゃあ寝覚めが悪い。ターゲットを人狼さんに全部あげちゃうのも納得いかないしね」




 「それにしても、公安の捜査官と手を組むというのは考えものだろう?」

 池上のことだ。トムには彼のことも伝え、身元も確認するよう依頼していた。

 「手を組むわけじゃない。とりあえず今だけ情報を共有することにしたの。必要に応じて行動を共にはするけど、今後も協力したりされたり、っていう関係にもなるつもりはないわ。どうなの? 彼のことは何かわかった?」

 「さすがに公安のこととなると、私でもなかなか奥まで探れない。一人一人の捜査官まで精査するのは無理だ。ただ、確かに神奈川県警の公安に池上という男はいるということと、裏部隊とは全く関係ないらしいことは見えてきたが」

 「それだけわかれば充分だわ。あとは、その場その場で判断する。もし少しでも怪しい動きをしたり、敵対しようとしたら、それなりの対応はする」

 場合によっては命のやり取りとなることもある。それが、エリカのような暗殺者と公安捜査官との関係だ。

 「いずれにしろ、あんたに流したい仕事は他にもたくさんあるんだ。なるべく早く面倒なことが治まってほしいよ」

 トムが最後は溜息まじりになりながら言った。

 「悪党がたくさんいる、っていうことね。人狼が出ようが出まいが、世の中は平穏とは言えない」

 「だから、我々のような者の仕事もある、っていうことさ」

 トムがそう言って電話を切ると、エリカはフッと笑いながら、組み立て終えた銃を見た。そしてサッと立ち上がりざま構える。

 銃口の先には、鏡に映った自分がいた。


○ ↓第15話に続く。


  


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