Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第13話
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○ 26
ようやく会合が終わり帰路に就く頃には、街は静まりかえっていた。もうすぐ日付も変わる。
夜空には煌々と月が輝いていた。
高級国産車の後部座席にゆったりと座り、大川康介は車内に流れるクラシック音楽と微かな揺れに身を委ねる。
与党民事党議員で元経済産業大臣である彼の元には、様々な相談事が寄せられてくる。その全てに応えるわけにもいかないので、何を優先するかで難儀する。細かいことはほとんど秘書や他の後輩議員がやってくれるのだが、最終チェックは自身で行わなければならない。
最近トラブルが続く日の出製薬株式会社への支援策について――を最重要課題とした。
何しろ大川自身も理事として名を連ねている企業だ。
それだけではない。過去には海外との黒いつながりについて黙認し、ある程度協力もすることで多額の迂回献金を得た。警察の捜査を牽制するために、当時の外務大臣とともに圧力もかけた。
もし日の出製薬が弱体化し、組織としてのまとまりも緩んだ場合、過去の不正が外へ漏れかねない。それは絶対に避けなければならなかった。
数ヶ月前も公安警察の一部が捜査をしていたようだが、それは潰した。しかし、今になってまた蒸し返そうとする者もいるらしい。
細かい報告は一々受けていないが、妙な猟奇殺人事件や女暗殺者も絡んでいるという。
まったく、早く片付けてもらいたいものだ……。
ようやく、公安の中でもそういったトラブルや邪魔者を排除するために組織した裏部隊が、動き出した。そこが何とかするだろう。
大きく溜息をつき、目を閉じたところで、車が停車した。信号ではないようだ。まだ自宅までは遠いはずだが……?
「どうかしたのかね?」
前の席にいる秘書と運転手に向けて訊いた。
「いや、あそこに警察官が……」
戸惑い気味に応える運転手。秘書は前方を見ている。
大川もフロントガラス越しに前を見た。
ここは都内だが閑静な住宅地であり、深夜の今、ほとんど人や車の通りはない。
比較的大きな道路だった。日中なら多くの車が行き交う。
その真ん中に仁王立ちする影があった。背が高くがっちりとした体格の警察官だ――。
「なぜこんな所に警官が?」
秘書が疑問をそのまま口にする。
「しかも、道のど真ん中に立たれては迷惑ですよ。警官なのに……」
そう言いながら、運転手は軽くクラクションを鳴らした。
だが、警官は微動だにしない。
「何のつもりだ?」
誰にともなく呟く秘書。
運転手がもう一度クラクションを鳴らそうとしたところで、警官が歩き出した。
まるでロボットか兵隊の行進のようにきっちりした動きで、こちらへ向かってくる。
大川は不穏な思いに囚われた。ここのところ日の出製薬幹部や関係者が次々殺害されている。その中には、自分同様理事だった議員、田上も含まれていた。
どんどん近づいてくる警官。月明かりや外灯に照らされて、全身がよく見えてきたが、不思議なことに、顔のあたりには黒い雲がかかったようになっている。
「ちょっと話をしてきます」
秘書が言って外へ出ようとする。しかし、大川は危険を感じた。
「待て。あれに近づいてはいけない。Uターンして離れるんだ」
そう指示を出した。運転手が一瞬「え?」と疑問と驚愕の混じった表情をうかべる。
急げ、と言おうとしたところで、乾いた音が二つ響いた。銃声だ――。
フロントガラスが割れた。そして、運転手と秘書が肩を押さえて呻き声をあげる。
なに?!
息を呑む大川。
フロントガラスのひび割れて崩れ落ちた部分から、警官の姿が見える。銃を構えていた。彼が発砲したのだ。
警官は銃を一旦ホルスターに収めた。そしてまた、歩いて近づいてくる。
殺される……。
恐怖に震える大川。その時、一台の黒塗りの車が猛スピードで近づいてきて、大川の乗る車に横づけした。そしてそこから、屈強そうな男達が4人、飛び出してくる。
全員銃を持っていた。それを一斉に警官に向ける。躊躇することなく発砲した。
いくつもの銃声が轟く。それに合わせて、がっちりとしていた警官の身体が大きく揺らぎ、そして仰向けにドウッと倒れた。
公安の裏部隊――。
自分の警護にもついていたらしい。ホッとする大川。
4人はジリジリと倒れた警官に向かっていく。銃は構えたままだ。
あれだけ撃たれたんだから、もう死んでいるだろう……。
大川がそう思いかけた時、警官がむっくりと起き上がる。
そんな馬鹿な?!
4人が更に発砲する。だが今度は、警官は恐るべき速さで走り、全てを避けた。大川の乗る車のボンネットをあっという間に駆け上り、天井に乗る。
ガンッ、という音がして車体が揺れた。
そして、警官は飛び降りざま、公安裏部隊の1人に右腕を振るう。
ザクッ! と重く鈍い音が聞こえるとともに、男の首筋から血飛沫が舞いあがる。
警官の右腕の先が光っている。まるで大型肉食獣の爪のような物が煌めいていた。
ひ、ひいぃぃぃっ!
掠れた悲鳴をあげる大川。
警官は動き続ける。倒れた男を乗り越え、その向こうにいた男の喉元に食らいついた。まさに獣だ。異様に突き出た口には、鋭い牙が連なっている。それが今、男の首を食いちぎった。
ゴロリと転がっていく男の頭……。
警官は次に、倒れた男達2人の背中に両手の爪を突き刺した。そして何かをえぐり取る。
大川の乗る車を挟んでその反対側には、残り2人の公安裏部隊の男達。彼等も恐れ、戸惑っているようだ。とはいえ、さすがに訓練されているらしく、銃撃を再開する。
ポイッと何かがフロントガラスから投げ込まれる。その向こうに、まるで風のように移動していく警官の姿が見えた。
大川の座る後部座席の下に、赤黒い物体が二つ落ちてきた。拳くらいの大きさだ。どちらも、弱々しいながらもピクピク動いている。
こ、これは……?
目の前のその物体の動きが、少しずつ弱まっていき、そして止まった。
心臓?!
わかったとたん、大川は激しく嘔吐した。
もうダメだ。逃げないと……。
必死に外へ出る。足がもつれ、路面を転がってしまった。
目を上げると、こちらに迫ってくる警官姿の化け物――。
う、うわぁぁぁぁっ!
立ち上がり、走り出し、しかし足が気持ちについてこられずまた転ぶ。
迫る警官――。
だが、公安裏部隊の残り2人が、彼等が乗ってきた車から大型の何かを持ち出した。
哀れなほど必死に逃げようとする大川の前に、2人が立つ。その手に持たれているのは、サブマシンガンだった。
警官が立ち止まる。2人の男はサブマシンガンを向け、何発もの弾丸を警官に撃ち放った。
大柄な警官の身体が、銃弾が撃ち込まれるたびに揺れ、そして倒れる。
今度こそ、死んだ?
大川は祈るような気持ちで成り行きを見守った。
○ 27
あんな派手な物を街中で乱れ撃つなんて……。
エリカは溜息をついた。
この近くで大川を暗殺するために、後をつけていたのだ。彼の帰宅ルートは掴んでいた。そして、一番狙いやすい場所を選んだ。
どうやら人狼も同様に考えたらしい。先に襲いかかられた。
大川を守るようにしている連中の存在にも気づいていた。公安の裏部隊である事も想像できた。
どうやって殲滅してやろうか、と密かに気持ちが昂ぶってもいた。過去の因縁から、彼女が最も嫌うのが公安の裏部隊だからだ。治安を維持し、人々の生活を守るのが任務のはずの警察。だが、公安警察の中にある一部、秘密裏に組織された裏部隊は、一握りの権力者、有力者を守るためだけに暗躍し、一般市民の命をゴミのように扱う。許せない組織だ。
エリカは乗ってきたバイクを少し離れた場所に停め、歩いて行く。
公安裏部隊の2人も、大川も、人狼に気をとられている。近くまで進んでいっても、まったく気づかなかった。
彼等の向こうに、倒れた人狼の姿が見える。
死んだ? いや、たぶんそんな事はない。サブマシンガンは連射性こそ優れているが、一発の威力はマグナムより劣る。仕留めるのは無理だろう。そもそも、そういう物理的な攻撃でどうにかできる存在ではないようにも感じていた。
じゃあ、お休みしている間に、こっちはやらせてもらうわよ――。
3人の男達に向かって、軽く口笛を吹くエリカ。
公安裏部隊の2人が振り向く。
「何だ、おまえは?」
サブマシンガンの銃口がエリカに向く……その一瞬前に、彼女の方から発砲した。
声をあげる暇もなく倒れる2人の男達。
路上に座り込んでいた大川が、唖然としてエリカを見た。
「き、君は……?」
ワケがわからない、という表情で訊いてくる。
「感謝してね。切り裂かれたり咬み千切られたりする痛みは、感じずに済むわよ」
そう言って、エリカは銃爪を引く。弾丸は大川の心臓を貫いた。
辺りを見まわすエリカ。公安裏部隊の連中は4人だけらしい。車の前の席では、大川の秘書と運転手が肩を押さえながら蹲っている。痛みを堪えているだけでなく、身を隠してもいるようだ。
まわりは閑静な住宅地。深夜とは言えこれだけ騒がしかったので、そろそろ警察に通報されていたとしてもおかしくない。あまり時間はないだろう。
エリカは3人を射殺した拳銃をしまうと、別の銃、S&Wを取り出した。これでも死なないことはわかっているが、マグナム弾はある程度人狼の動きを止められる。
倒れている人狼を見る。いや、もう倒れてはいない。むっくりと上体を起こすと、立ち上がった。
こちらを見ている。
エリカはS&Wをいつでも駆使できる体勢をとりながら、人狼に向かい合った。
「獲物をとってごめんね。でも、こいつは私のターゲットでもあるの」
人狼の紅い目が、更に光を増したような気がした。
「どうする? 横取りした私のことも殺す? そう簡単にやられるつもりはないわよ」
しっかりと睨みつけながら言うエリカ。
人狼はしばし仁王立ちしていたが、くるりと向きを変え歩き出した。去って行くつもりだ。
恐ろしい相手――このまま何事もなくいなくなってくれるのが一番だが、エリカはそれでも呼び止めた。
「待ちなさいよ。あなた、いったい何者なの? これからも日の出製薬に群がる悪党連中を狙うつもり?」
一旦立ち止まる人狼。
「だとしたら、またどこかでカチ合うかもね。その時は、争わなければならないのかしら?」
エリカはジッと見つめる。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
人狼が振り返り、その紅い目で見返してくる。彼女を射貫くような視線だ。
身構えるエリカ。
時が止まったように感じられた。
月が雲に隠れ、一瞬人狼のいる辺りが陰った。そしてそれが晴れた時、姿はなくなっていた。
え?!
慌てて探すエリカ。
――お前と争うつもりはない。
どこかから声が響いてくる。それは、実際の声なのか、エリカの頭の中に響いてくるのか、判別がつかなかった。
これが、人狼の声?
――だが、昂ぶってしまうと止まらない。邪魔をするなら、殺してしまうかもしれない。さっきの2人の武装した男達のように……。
それだけ聞こえると、その後はまるで静寂が押し寄せてきたかのようにシーンとした。
重く響く声だった。
もう見つけるのは無理だろう。エリカはふうっ、と息を吐く。じっとりとした汗をかいていた。自分でも気づかなかったが、久々に恐怖を感じていたようだ。
S&Wをしまうと、エリカは素早くバイクに戻り闇の中を走り抜けていった。
○ ↓第14話に続く。
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