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Werewolf Cop ~人狼の雄叫び~ 第17話
↓前話はこちらです。
↓初見の方は第1話からどうぞ。
○ 33
「あの親子は、何かを隠しているな」
車に乗り込むなり、羽黒基樹が言った。影狼神社の少し先、目立たない所に停めてあった。運転する者は待機させていて、羽黒と福沢が後部座席に乗り込むとともに発車させる。他にも助手席に1人、部下が乗っていた。
すぐ後に、さっきまで付き従っていた4人の乗る車が続く。
「必ず、古来から伝わる秘薬はあるんだ。あの神社のどこかに隠されている」
隣の福沢が勢い込んで訴える。
「それはまあ、そちらの都合だが……」
苦笑する羽黒。この福沢という薬学者が伝説の秘薬に執心し、それを分析、研究したがっているのは知っていた。また、その秘薬の効能が彼の説明するとおりなら、今後この公安に秘密裏に設置された裏部隊にも使えることだろう。
だが、今は、羽黒にとってそれは二の次だった。自分の任務は、日の出製薬の裏事業について調べている者がいたら秘密裏に処理すること。そして、日の出製薬上層部および理事を殺害している者を、速やかに処理することだ。
今日の朝方、神奈川県警の公安第三課にある大森班の秘密拠点に乗り込んだ。そして、班長である大森に脅しをかけてきた。
あれは強かな男だ。一筋縄ではいかない。だが、馬鹿でもない。我々に逆らって動くことがどれだけ危険であるか、理解したはずだ。少なくともしばらくは自粛するだろう。
問題があるとすれば、大森の部下で草加の同期でもあるという、池上という捜査官だ。
大森に脅しをかけたことでそいつも諦めていればいいのだが、もし意地になって調べ続けるようであれば、始末しなければならない。
そして更に大きな問題は、殺人を繰り返している方だ。どうやら、二組、もしくは2人いるようだ。
片方は、エリカと呼ばれる暗殺者――。
凄腕らしいが、われわれ公安裏部隊としては、相手にとって不足はない。
訓練を積んできた羽黒の部隊だが、それを活かす場が、この日本には極端に少ない。邪魔者の暗殺などを何度か実行してきたとはいえ、戦闘力に秀でた相手とは訓練以外では戦ったことがない。今回は、良い機会だ。
聞いたところでは、まだ二十代半ばの女性だという。我々から見れば所詮小娘だ。どれほどのものか、確かめてやってもいい。
そしてもう一方――福沢の推理では、人狼だという。数々の殺害現場を見れば、それを裏付ける痕跡も多い。
鋭い牙や爪で引き裂かれたような遺体。えぐり取られた心臓。その姿を目撃した者もいる。銃撃を受けても死なないという話さえあった。実際、先日は、サブマシンガンを持った羽黒の部下達も殺害されている。
どうやら、本当に化け物らしい者が存在するようだ。
エリカとその化け物が共闘している可能性もあった。大川殺害の際は二者が同時にその場にいたらしい。
どういう状況なのかわからないが、そろって始末できるならそうしたい。
「あの親子をマークさせる。その、あんたの言う人狼とやらと接触する事もあるかもしれない。場合によっては、手荒なことも必要になるだろうな」
羽黒が言うと、福沢は頷いた。
「御厨という神職は、頑固でずっとこちらに協力しようとしなかった。秘薬が伝承の通りなら、とてつもない価値があるというのに、どこまでも隠し通そうとしている。そんなことは、薬学の発展を考えるても許せない」
力説する福沢。羽黒とは考えにズレがあるようだが、人狼とやらに対処するためには必要な男だ。しばらく側に置いておくのは仕方ない。その見返りに、秘薬とやらを任せてやっても良いだろう。ただし、研究の成果はこちらにまず報告してもらう。使用法もこちらで判断する。
窓の外を流れる田舎街の景色を見ながら、羽黒はほくそ笑んだ。
○ 34
早くに出てきたので、まだ早朝のうちに沢の北峠近くまで来られた。幹線道路は空いている。その路肩に車を停めると、池上は目の前に聳える山々を見た。合間から太陽の光が射している。
昨日大森から受け取った銃が腰のホルスターに収まっていた。ズッシリとした重みを感じる。
こいつを使わなければならないような事態が、いつ起こるか?
のどかな景色とは裏腹に、池上の胸の内にはどんよりと黒い感覚が流れ込んできていた。
しばらくすると、グリーンで洒落たコンパクトカーが池上の車の後に停まる。
降り立った女性に陽の光がふりそそぎ、そのスレンダーなシルエットを浮かび上がらせた。
今日はまとめていないらしく、セミロングの髪が風になびく。デニムパンツにジャケットという軽装ではあるが、おそらく素材は強く動きやすいものだろう。腰にも足にもポーチをつけている。ジャケットの内側にも、たぶんホルスターがあるはずだ。いったいどんな武器を、どれほど身につけているのか?
草臥れたスーツに一丁の銃だけ携えた池上は、思わず苦笑した。
「今日は何て呼べばいい? エリカか、それとも北川利香か?」
池上が声をかける。
「好きにすればいいわ。でも、ごっちゃにしないように気をつけてね」
フッと笑いながら応えるエリカ。
「大川康介が殺された。俺は詳細を知らない。あれは、エリカの仕業か、それとも人狼なのか、どっちだ?」
「微妙なところみたいね……」
彼女が簡単に説明をする。聞き終えると、池上は溜息をついた。
「人狼と一対一で対峙して、その声も聞くとは、とんでもない女だな」
「失礼ね、レディに対して」
イタズラっぽく笑うエリカ。その横顔は美しく、とても凄腕の暗殺者だとは思えない。
「で、どんな声だったんだ、人狼は?」
池上が訊く。エリカは首を振った。
「なんと言っていいのかわからない。本当の声なのかも定かじゃないし。ただ、それほど年配でもなく、かといって若者と言えるほど若くもない男性、っていう感じだったかな?」
「それにしても、会話ができることがわかったな。今度出会ったらどんなお話をしようか?」
「何でもいいけど、できれば良いお茶でも飲みながらがいいわね。血生臭い場所じゃなくて」
「たしかに」肩を竦める池上。「じゃあ、行くか」
頷き合う2人。それぞれの車に戻る。そして、閉鎖された神奈川県警松田警察署沢の北峠分署へ向かう。
ほんの数分で着いた。
すぐ側に幹線道路が延びているが、裏には鬱蒼とした森が広がっていた。今は朝なので大型のトラックが数台行き交い活動的に見えるとは言え、もし深夜であれば、闇と静寂に包まれてまた違った雰囲気になっていることだろう。
分署の前に駐車場があったので、2人ともそこへ停めた。
当然、敷地内に立ち入らないように、いくつものロープが貼られていた。だが2人とも、構わずに入って行く。
割れた窓はそのままだった。そこから陽の光が射し込み、ガラスの破片に乱反射し暗い建物内で妙な灯りとなっている。
ロビーのカウンターの奥には、散らばったイスがそのままにされていた。
池上とエリカはそれぞれ内部を見てまわる。
資料やら細かな物品は運び出されていた。フロアは血の海だったはずだが、一応清掃もされたらしい。しかし、書棚やボードなど大きな備品はそのままだった。中には血がこびりついて残っている物さえある。
壁に大きなひっかき傷のようなものがあった。人狼の鋭い爪だろうか? そしてその近くの壁には、明らかに弾痕が……。
警官達と人狼が争った痕跡があちこちにあった。そうやって改めて見ると、生々しさが蘇ってくる。
壁から落ちて斜めになっているホワイトボードが目についた。当時の勤務状況などがそのまま書き残してある。
ん?
池上は気になり、きちんと立てかけて読み直す。
当日勤務中――つまり人狼に襲われた時にその場にいた警官達の名前が書かれている。この5人が被害者だ。
事件の詳細はマスコミには伏せられていたし、同じ警察官であっても捜査に関係ない者には伝わっていない。これは、始めて見る情報だ。
坂田、小山、井口、森田、羽倉……ちょっと待てよ。
池上はハッとなり、タブレットを取り出す。そして、大森が託してくれた文書ファイルを呼び出した。
「どうかしたの?」
エリカが側までやって来てのぞき込む。
「やはりそうか」
「なにが?」
「このホワイトボードに書かれた5人は、当日人狼に殺された者だ。そしてこれが、半年前の日の出製薬研究施設の火災の際、草加と一緒に駆けつけた者……」
タブレットを差し出しエリカに見せた。
「同じ名前……」
エリカも息を呑んだ。
「ああ。草加は日の出製薬を探っていたが、その動きは敵側に読まれていた。そして、火災の時には、その敵側の人間の罠にはまって炎の中に取り残されたのかもしれない。もしそうだとしたら、その敵側の人間というのは……」
「この5人?」
「たぶんそうなんだろう。そして、人狼はその5人が分署にいる時を狙って襲った」
つまり……とその先は口にできなかった。エリカも察したようで、黙って頷くだけだ。
分署の跡地を出ると、2人はその足で、日の出製薬研究施設の跡地に向かった。
こちらはかなり森の奥にあり、まるで人目を避けるかのような感じで建てられていた。
しかも……。
「むやみに近づけないみたいね」
エリカが鋭い視線をあたりに向けながら言った。
「ああ。作動中の監視カメラがいくつか取り付けられている。それに、けっこう頻繁に人が行き来している痕跡もあるな」
「まだ使われている、っていうこと?」
「いや、取り壊すことになっているはずだ。何者かが、今だけ使用しているのかもしれない。日の出製薬の関係者か?」
「それにしては物々しすぎない?」
2人して、遠くから研究施設の建物を見る。三分の一程が破損していた。あれが、火災があって爆発した箇所だろう。
現在研究施設を利用しているのがどんな連中かわからないが、深入りして事を荒立てるような段階ではない。まだ、ジャーナリストとして取材中、という形を取っている。とりあえず戻ることにした。探りを入れる必要があるなら、夜がいいだろう。
「この後、神社を訪ねたい。一緒に来るか?」
池上がエリカに訊く。
「神社? 神頼みでもするつもり?」
「それもある」苦笑する池上。「だがそれだけじゃない。狼信仰だ」
「狼信仰?」
怪訝な表情になるエリカ。美女が顔を顰めるのもまた絵になるな、と余計なことを考える池上。
「この地には、古来から狼を信仰する宗教が根付いているらしい。妙な符合だと思わないか?」
「どういうことだか、教えてくれるわよね?」
「ああ。まだ仮定の段階だが……」
池上は、これまで得た情報や知識を隠すことなく説明した。そして、自分の考えも。
狼信仰のこと、それが今回の人狼出現に大きく関わっているかもしれないこと、草加の過去、そこから導き出される可能性……。
「つまり、池上さんは、人狼は……」
「おまえもある程度気づいていたんだろう? さっき、なぜ分署が襲われたのかも想像できたし、たぶんそれに間違いない。だとすると、人狼の正体は、草加恭介……」
本当は、そんなふうに考えたくはない。だが、ここまでのことから想像すると、どうしてもそう感じられてしまう。
「確かに、そう思うと納得できるわね。人狼が警察官の格好をしているのも、彼なりの正義の表現なのかも……」
言いながら目を伏せるエリカ。彼女は悪党しか殺さない。彼女なりの正義感に基づいているのかもしれない。だから、人狼となって悪を狩ろうとする草加に共鳴し、あるいは哀れみを感じるところもあるのか?
草加は正義感が強すぎた。それが、古来からの秘薬によって更に高まり、沢の北峠近辺では、軽微な悪事さえも許さずに力を行使してしまったのではないか?
あくまでも、池上の推理にすぎない。それが正しいかどうかを確かめるために、影狼神社を訪れてみたい。
もう一度視線を交わし、頷き合うと、池上とエリカは車へと向かった。
○ ↓第18話に続く。
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