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第4話 絶望【聖者の狂気】(小説)

-9- 絶望

澪は、自分の意識が遠のいていくのを感じていた。

床はひんやりとしていて、気持ちがいい。
周囲からは、様々な声が聞こえる。
そのどれもが、大きく、焦っている。
迷惑をかけてしまったと、一瞬胸がズキンとした。

「でももう、これで最後……」

口元で呟く。
痛みはある。
だけど、それは今だけ。
あと少し我慢すれば消える。
ずっと痛みを抱えて生きていくことを考えれば、我慢できる……

「私の人生、良いことなかったな……」

無意識に出た言葉は、最後の力を振り絞るように、頬を濡らした。
良いことはなかった……本当は、思い出せないだけかもしれない。けど思い出せないなら、それはなかったのと同じ……

「金居さん……」

何もないと思いかけたとき、金居の笑顔が浮かんだ。

彼に出会えたことは、良いことだった。
私がもっとうまくやれていたら、八木沢とうまく別れられていたら……
そうしたら、金居さんは私を受け入れてくれただろうか。
私を抱きしめてくれただろうか……

一度でいいから、あの腕に抱かれたかった。
でも、私はダメな人間だから……
ううん、そんなこと言ったら、金居さん、怒るかな……怒らないな、ダメなところがあってもいい、それも自分なんだから、受け入れればいい……きっと金居さんなら、そう言ってくれた……

ごめんなさい、金居さん……

もし死刑にならずに刑務所を出られたとしても、外の世界には、もう私の居場所はない……
誰も私を受け入れてくれない……
金居さんは受け入れてくれるかもしれないけど、それじゃあ金居さんに迷惑がかかる。

だけどもし……もし生まれ変わることができたら、そのときは、きっと……

それ以上、澪の中で言葉が生まれることはなかった。
目はそっと閉じられ、澪とともに生きてきた心と体は、25年目にして、完全に活動を停止した。

-10-

「何があったの……!?」

留置所に駆けつけた悠子は、部屋で血を流して横たわる澪を見て、体が震えた。澪の周りには、遺体を確認する鑑識がいて、「担当さん」と呼ばれる世話係が、部屋の周りに集まっている。

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