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第3話 接触【聖者の狂気】(小説)

-7- 接触

泉水は、休暇と決めた二日間は、記事の件について有栖川と話して以降、仕事用のスマホも、メールも、一切確認せずに過ごした。気になって開きかけたときもあったが、休暇を犠牲にするようでは一流になれないと言い聞かせ、小旅行と食事、美味しいお酒を、自分にプレゼントした。

(メールはそこまで溜まってないわね。二日ぐらいならこんなものかな)

自宅の仕事部屋で、いつものように、マグカップに入ったコーヒーを右側に置き、椅子に座ってノートパソコンを開く。思ったほどメールが来ていなかったことは、いきなりアクセル全開にしなくてもいい分、ホッとしたものの、少し不安も入り混じっていた。

(もう少しスケジュールに余裕をもたせてもいいのかな。最近、本もあまりちゃんと読めてないし)

ブツブツと考えながらメールを開いていくと、気になるタイトルが飛び込んできた。

『朝丸新聞に掲載された猿倉澪の記事について』

タイトルには、そう書かれている。

「朝丸の記事……こないだ見た記事のことかしら」

メールの本文を読む前に、泉水は朝丸の記事をチェックした。
三日前に見た記事と、その翌日に掲載されている記事が見つかり、見ていないほうの記事を開いた。

「猿倉澪が殺人犯になったのは自業自得……そんなふうに言いたいわけ?」

記事の内容は、前日のものと大きく変わっているわけではないが、リベンジポルノの問題よりも、殺人犯猿倉澪といった論調がより強くなっていて、泉水は少し、声が震えた。

「同じ人からメールが二通きてるのは、朝丸の記事それぞれに対して書いてきてるからね。最初にメールしたときは、この記事はまだ出てなかった」

泉水は朝丸の記事を開いたまま、メールに画面を切り替えた。

『真木泉水様

突然のメール、失礼いたします。
ブログや、あなたが以前書いた記事を読んで、あなたにならお願いできると思い、メールしました。

お願いというのは、タイトルの件です。
 
申し遅れましたが、私は金居史明と言いまして、テネリタというBarで、店長をしております。

猿倉澪は、店の常連客でした。

彼女は、八木沢とのことで悩んでおり、私は度々、相談に乗っておりました。八木沢も一度、店に来たことがあり、今回の事件に至った直接的な原因は分かりませんが、経緯はだいたい分かっています。

それについて、どこで知ったのか、先日朝丸新聞の曽我部という記者が店に来て、事件について知っていることを聞かせてほしいと言われました。
 
殺人である以上、澪は死刑になる可能性もある……

そう言われて動揺したこともありますが、事件に至った経緯を話せば、罪は軽くなるのではないかと思い、私が知っていることを、曽我部に話したのです。

今思えば、警察にだけ話せばよかったと思いますが、そのときは少し、冷静さを失っていたようで……

ただそれでも、朝丸新聞の記事が、私が話したことを反映してくれていれば良かったんです。
ところが、掲載された記事は、澪のほうに問題があったような内容でした。

朝丸新聞に、いろいろと問題があることは、私も承知していますが、今回のような事件であれば、右も左もなく書くと思ったんです。ところが、私が話したことを反映せず、デタラメを書いている。

私はすぐに、記事を書いた曽我部記者に連絡をして説明を求めましたが、他の情報源からの話も踏まえての内容で、記事には何も問題はないと言って、ろくに話しもせずに電話を切られました。メールも送りましたが、今のところ返信はありません。

警察にも事情は説明しましたが、このままでは、たとえ警察がちゃんと証拠を揃えて、裁判所が状況を踏まえた判決を下したとしても、澪にとって、その後の人生は辛いものになってしまいます。

他の新聞社や週刊誌に話すことも考えましたが、やはり彼らは信用できません。でもあなたなら、真っ当な記事で、真実を伝えてくれるのではないかと思い、連絡しました。

話を聞いていただけるなら、私から出向きます。
何卒、ご検討ください。

金居史明』

読み終えると、泉水は二通目のメールも開いた。
内容は予想通り、先程確認した朝丸の記事についてのもので、ほぼ同時期に出されている週刊誌の記事……リベンジポルノのことで脅していたのは猿倉澪だったという件の後追い記事についても言及されていた。

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