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第6話 雪の花(小説/ラブストーリー/ヒューマンドラマ)

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『氷室さん』

「……?」

『氷室さん』

「ん? 優香……?」

『私、氷室さんと会えて、幸せでした。一生分、人を好きになれたと思ってます』

「優香、何を言って……」

『だから、私のことはもう、忘れてください。私は、もうすぐ消えてしまうから……もう、会えなくなるから……』

「そんなことない。これからも一緒にいられる。
優香……」

勢いよく上半身を起こした体は、呼吸が荒かった。目をこじ開けるように大きく開き、顔を左右に動かす。
一番見慣れた風景。フローリング、リビングのガラステーブル、少し弱くなっているシーリングライト……自分の家、ソファの上……

いつの間にか寝てしまっていたと理解するのに数秒を要したが、それよりも、自分の目を覚まさせたもので、頭は満たされていた。
今のは差し込まれた記憶ではなく、たぶん夢。残っているのは、優香の悲しい顔と、抱きしめたときのぬくもり……

実際には触れていないのに、手のひらと腕の内側に、ぬくもりが残っているような気がして、腕を見ていると、蘇ってきた夢が、頬を濡らした。

(今のは夢、記憶じゃない……)

言い聞かせても、否定の波が何度も押し寄せてくる。飲まれそうになった氷室は、立ち上がってキッチンに行くと、水を強めに出して後頭部から浴びた。

「……」

冷たい水に打たれて、ようやく少し落ち着くと、髪から水を拭き取ったタオルを肩に掛けたまま、リビングに戻ってスマホを見た。
二件のチャットがきていて、一つは菜々美、もう一つは栗林だった。

『さっきはごめん。
でも、私の気持ちもわかってほしい。最近、マサはなんかおかしいし、でもそれを話してもくれない。私は信用できない? マサのためなら何でもするから、一人で悩まないで』

菜々美からのチャットを見ると、心臓に針が刺さったような痛みがして、反射的に顔をしかめた。本来なら、話すべきなのかもしれない。だが話したらどうなるかも、想像ができた。独占欲の強い菜々美は、問題解決よりも自分に目を向けさせようとする。だが、差し込まえる記憶を忘れることは、氷室にとっては、病気だと分かっているのに放置するのと変わらなくなり、いずれ手遅れになる。

『いや、悪いのは俺だから。本当に疲れてるみたいで、休暇が必要かもしれない』

送信ボタンを押しながら、菜々美は納得しないだろうと思うと、ため息が漏れた。それでも、自分に起こっていることをハッキリさせないことには、何も言うことはできない……心の中で呟き、栗林からのチャットに目を移した。

『その後どうだ? そろそろもう一回話すか?』

栗林のチャットに「今少し話せるか?」と返すと、電話がきた。

「悪いな、遅い時間に」

22時を少し回ったところを指している時計を見ながら言った。

『ずいぶんと、参ってるみたいだな。疲れが出てるぞ』

「今日、ちょっとな……」

菜々美とのことを話すと、栗林は呆れたように、

『それは雨宮じゃなくても怒る』

と言った。

「ああ、分かってる。最低だし、弁明する気もない。
でも、初めて差し込まれる記憶と現実が一致したんだ。写真も撮った。明日、会えるか? 俺は間違いなく同じ場所だと思うけど、第三者の目でも確認してほしい」

『分かった。
明日は……夕方からなら大丈夫だ。飲みながら話すか?』

「いや、酒は抜きがいい」

『じゃあ、ファミレスかカフェでも行くか』

「ああ、それで頼む」

『じゃあ、明日な』

通話を終えると、氷室はシャワーを浴びて、すぐにベッドに入った。

翌日、目が覚めて外を見ると、黒っぽい雲が空を覆っていた。部屋は冷え切っており、体を縮めながらエアコンをつけ、スマホを見ると、菜々美からの返信はなかった。どこかホッとしている自分がいて、腕に痒みと、落ち着かない感覚を覚えた。

夕方、出かける前になっても、胸の支えのようなものは消えなかったが、ノートをバッグに入れると、待ち合わせの場所に向かった。

外は、遠くの空は晴れているのに、自分が歩いている周辺は黒い雲で覆われており、雨が降らないのが不思議なほどで、吐く息はコントラストかと思うほど白い。街路樹はクリスマスのイルミネーションが輝いており、休日ということもあって、人も多い。

待ち合わせのカフェまで行くと、足を動かしながら首をすくめるようにして立っている栗林が見えた。

「ん? 席がないほど混んでるのか?」

「いや、実はな、今日昼飯食べてないんだ。ファミレスでもいいか?」

「ああ、そういうことか。じゃあファミレスに行こう。歩いてくる途中にあったよ」

二人は、氷室が歩いてきた方向に少し戻ると、オレンジ色の看板が出ているファミレスに入った。日が沈む前の時間だからか、さっきチラッと覗いたカフェよりも空いていて、二人は窓際の端の席に座った。

「それで、差し込まれた記憶にある店に行ってきたって?」

注文を済ませると、栗林は言った。

「ちょっと違う。場所は一緒なんだけど、店は違うんだ。調べたら、差し込まれた記憶の中で行った店は、半年前に撤退してた。昨日行ったのは、その後にできた店だ」

「つまり……差し込まれた記憶では、優香って子と一緒に焼鍋屋に行って、昨日は雨宮と、このビーフシチューの店に行ったってことか」

「そうだ」

「で、店が入ってるビルも、店に行くまでの道も……なるほど、確かに似てる、というか、同じ場所っぽいな」

「やっぱり、そう見えるよな」

「じゃあ、優香って子は存在するってことになるのか……?」

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