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第4話 雪の花(小説/ラブストーリー/ヒューマンドラマ)

-8-

「ええ、では一週間後に。
よろしくお願いします」

クライアントとのオンライン会議が終わり、コーヒーのおかわりを淹れようと立ち上がったとき、脳内で”ピシッ”という音が鳴った。

「……」

優香とランチを共にし、街を歩く……編集された動画のようではあるが、紛れもなく、優香とのデートであり、もう一人の自分は、着実に優香との仲を深めているらしい。

「楽しそうで何よりだ」

淡々と呟く。
真相は解明したいものの、差し込まれることに慣れてきたのか、苛立ちはほとんどなくなっていた。

「……」

キッチンでコーヒーを淹れながら、差し込まれた記憶に意識を向ける。あっちの自分と優香は、一緒に食事をして、一緒に歩いただけで、まだどうともなっていない。なっていないが、これは浮気になるのだろうかと、ふと思った。

自分の意志の及ばないところで、本当に自分なのかどうかも分からない男が、現実では会ったことがない女とデートをしている。そう、デートだ。二人の姿を第三者が見たら、友達というよりカップルに見えるだろう。それぐらい、二人の距離は近く、雰囲気も……

ブーッ ブーッ

「……!」

リビングのテーブルに置いてあるスマホが鳴って、コーヒーがカップから溢れそうになって、慌ててダイニングテーブルに置いた。
リビングまで歩いてスマホを手に取ると、菜々美からで、週末のデートでここに行きたい、というメッセージだった。

「ビーフシチュー専門店……なるほど、うまそうだな」

メッセージに貼られていたリンクを確認してから、氷室は「お腹が空いてきたよ。週末はここに行こう」と返して、スマホをテーブルに戻すと、ダイニングに戻った。

「さっきのこれも書いておくか」

座ってコーヒーを飲もうとして、差し込まれた記憶について書いておこうと、バッグに入れたノートとペンを持って戻ってくると、入りたての記憶をサラサラと書いた。
書き始めてから二週間が経っており、30ページのノートは、半分以上埋まりつつある。途中から、自分の感情も書き込むようにしたせいか、最初の頃と今を比べると、言い回しにも変化があるように思えた。

最初は、ただ邪魔されていると認識していたものが、今は緩和され、現実の自分の意志とは関係なく、優香との関係を深めていく記憶の中の自分を見ても、それほど悪い気はしない。

(控えめで、気遣いがあって、優しい……デート中も何度か、俺の時間を気にしてくれてた。ちょっと申し訳ないと思うくらいに……)

無意識に、スマホのほうに顔が向いて、氷室はハッとしたように、ノートに視線を戻した。

「疑似体験っていうか、マサに覚えはなくても、記憶としては残っていて、脳は現実の出来事として捉えてるってことかもなぁ」

夜。
氷室は記録したノートについて話すために、栗林と居酒屋に来ていた。
何度か来たことがある居酒屋、というか小料理屋で、カウンターが八席と、四人掛けのテーブル席が一つという小さな店だが、チェーン店の居酒屋より少し高いぐらいの価格で、オリジナルの料理や酒が楽しめて、味も絶品。黒で統一された店内も落ち着いており、一定間隔で置かれた和風スタンドが、不思議な安心感を演出している。店は、内装と同じ落ち着いた雰囲気の姉妹で経営しており、氷室たちのことはすでに顔を覚えていて、混み合っているカウンターではなく、テーブル席を案内してくれたおかげで、二人は周囲を気にすることなくノートを確認できた。

「だから感情にも動きがある。脳にとっては、どっちが現実かなんて気にならないのかもしれないな。脅威を感じることがあれば回避するし、楽しいと思えばそっちに行くのかもしれない」

氷室から大枠の状況を聞いた栗林は、二杯目の焼酎で少し顔を赤らめながらも、真剣な目でノートに書かれた文字や絵を辿っている。

「そうなんだろうな、たぶん」

氷室は、日本酒が入ったグラスを置きながら言った。

「でもそれだけじゃなく、二週間前よりも、記憶が差し込まれる頻度が増えてるのもあると思う」

「あとはあれだな、なんていったか……」

栗林は、スマホをポケットから出して何やら調べてから、「これだ」と言って、氷室に画面を向けた。

「単純接触効果……触れる頻度が多いほど親しみが湧く……なるほど、確かにそうかもしれない」

「トラウマのフラッシュバックみたいなものだったら、また話は違うんだろうけどな」

「うん、正直、記憶そのものというか、内容については不快なものじゃない。他人の恋愛を疑似体験させられてるような感覚も、少しはあるけど。
でもそれより……」

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