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第9話 縛り【聖者の狂気】(小説)

-18- 縛り

「もしもし」

階段を上がって、地下鉄の入口まで戻ると、泉水は電話に出た。

『私ですよ真木さん、曽我部です。先日はどうも』

「曽我部さん? 何か御用ですか?」

『いやまあ、念の為確認しておこうと思いましてね』

「確認?」

『真木さんが熱心に事件について調べてるようなので、やっぱりちょっと、気になってしまって。まあフリージャーナリスト一人が騒ぎ立てることなど気にする必要はないと、私は思うんですが、会社としては念には念を入れたいってことで』

「何が言いたいんですか?」

『真木さん、あなた、弟さんいますよね? 名前は、真木直斗(まき なおと)さん』

「え……?」

『いい反応ですねぇ』

「弟はいますが、何か?」

『今は確か、運送会社で働いてるんでしたな。勤務態度も真面目なようで。でも弟さん、“前科”がありますよね?』

「な……!」

『隠さないでいいですよ。もう刑期も終えてるし、まあ別にって話でしょう。おそらく運送会社の社長さんは、そのことを知ってるはずです。知った上で受け入れた。でも同僚はどうでしょう? 社長さんがわざわざ説明するとは思えませんし、弟さん自身が自分から説明するとも思えません。話したことで会社を追い出されたこともあるようですからね、過去に』

「だから何? 弟は関係ないでしょ? 今は真面目に働いてるし、プライベートでもトラブルを起こしてない。何も咎められる理由はないわ」

『確かにそうです、論理的には。でもどうでしょう、前科がある人間が同僚だと分かったら、一緒に働く身としてはどう思いますかね? 過去は過去……そう割り切れる人が、果たして何人いるか……私なら正直、怖いと思いますよ。もしかしたら自分にも、そう考えるのが人間だ』

「弟はもう同じ過ちはしない!」

『犯罪を犯した者は、誰でもそう言うんですよ。そして、その者を庇う人も。でも考えてみてください。たとえば性犯罪を犯した者が逮捕され、刑期を終えて釈放されて、真面目に働いていても、仕事とはいえ、二人きりになるのは女性なら怖いと思わないかな?』

「犯罪者じゃなくても、よほど親しい相手じゃなければ、男の人と二人きりになるのに少なからず不安を感じるわよ、女は……」

『一緒にいるのが元性犯罪者だったらなおさらでしょう?』

「弟はそんなことしてないわ!」

『ええ、弟さんは傷害罪でしたね。確かに性犯罪ではない。しかしですよ、国民には知る権利がある。それをもっと小さく、細かくすれば、一人ひとりが自分の安全に関わることを知る権利があるということになる。弟さんの同僚、出所後に知り合った友人、全員がね。

その結果、弟さんの周りからは人がいなくなるかもしれない。でもそれはしかたのないことでしょう? 弟さん自身がしたことから生じる結果だからねぇ……そう、猿倉澪のように』

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