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第2話 雪の花(小説/ラブストーリー/ヒューマンドラマ)

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眠りに落ちてから一時間ほどして、氷室はソファから体を起こした。

「冷えるな……」

エアコンを付け忘れたかと思ったが、しっかりとついているし、温かい空気も出ている。ふと、窓の外を覗くと、雪がパラパラと舞って、ベランダが少し白くなっていた。

「雪か……
……!」

寝ている間に見ていた夢の一部らしいものが、記憶のように浮かんで、氷室は右手で頭を押さえた。

通勤で電車に乗り、少し離れたところにいる女性が、遠慮がちに会釈してくる。それに応えて、自分も微笑みながら会釈を返す……その場面だけが、どこからか切り取って貼り付けられたように残っている。いつ電車に乗ったのか、その後どうなったのか、辿ろうとしても、前にも後ろにも道がない。

一瞬の頭痛と、覚えのない記憶。
リビングで寝ていた一時間で見た夢かもしれないが、夢の場合、ある程度前後を思い出すことができる。ここ一ヶ月のことを考えても、それは「差し込まれた記憶」であると考えて間違いなさそうだった。

「なんなんだよ……」

無意識に出た言葉の語尾が強い。苛ついている。なんなのか分かれば対処もできるが、分からないから対処法を見つけることができない。その宙ぶらりんの状況は、氷室にとっては、答えのない謎解きをずっと見せられているようなもので、目を逸らすことができず、かといって、どれだけ見ても答えが見つからないという不快感が消えなかった。

「確かに不思議な話だな」

栗林忠晴(くりばやし ただはる)は、焼き魚定食の骨を器用に取りながら言った。

不快感が消えなかった氷室は、早目に準備をして家を出て、待ち合わせ場所近くのカフェで本を読んでいたが、栗林のほうも少し早目について、二人は混み始める前に、定食屋「甚平」に入った。何度か来たことがある店で、老夫婦がやっているこじんまりとした店内は、混んでいても不思議な落ち着きを感じる。お客が増えても、老夫婦は自分たちのペースを崩さず、お客もまた、それを受け入れていることで調和が取れてるのだろうというのが、二人の中での結論だった。

「病院で検査も問題なし、夢でもないし、妄想ってこともないな、マサに限って(笑)」

栗林は、タレ目をさらに下げて、人懐っこい笑顔で言った。

「妄想に逃げたくなるほどのストレスは感じてないよ(笑)
でも今日もさっき、記憶が入ってきた」

「どんなふうに?」

「ソファでちょっと寝てて、起きたら急に、忘れ物を投げ入れられたみたいに記憶が差し込まれてきた。いつもの女が、電車に乗った俺に会釈して、俺も返す。たったそれだけなんだけ。前後は何もなくて、その部分だけが入ってきた」

「それは……怖いな」

「意味が分からないんだよなぁ。俺は病気もしてなければ事故にも遭ってない。それとも、こうして話してる現実が、実は俺の夢か妄想なのか? 実は事故に遭ってて、意識不明で夢でも見てるとか……」

「面白い話だと思う、もしそうだったら。でも、マサは事故にも遭ってないし、病気もしてない。今こうして話してる世界が現実だ……って言ってることも、本当は夢の中だったら事実とは言えないんだろうけど、だとしても、記憶が差し込まれる理由にはならないと思うぞ」

「そうだよな。ってことは、この現象はなんなんだろう。結果があるってことは、原因があるってことだろ? なのに、思い当たることがなにもない」

氷室はそこまで言うと、生姜焼き定食のキャベツを口に放り込んだ。もぐもぐと口を動かしながらも、視点は定食でも、栗林でもなく、内側に向いている。

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