高校生に紹介する大学物理の教科書1(偉大な科学者が書いた本)

高校生で物理に興味がある人向けに、理論物理学で偉大な物理学者が書いた本をこの記事で紹介します。(すべて英語)
最近、A.M.Polyakov(プリンストン大学教授、共形場理論や弦理論で著名)の授業がオンラインで公開されているので聞いていたら、古典力学のハミルトンの原理の説明に入るときに
As for the choice of the books there is I would say a general principle which I usually follow. Just read the books written by great scientists. Because if it is witten by mediocre scientists how can he teach you to do great work? He doesn't know how to do it.  There are exceptions of these rules. Some books written by great scientists are impossible to read.
と言ってました。日本語に訳すとすると
「本の選択に関しては、私がいつも従っている一般的な原則があります。偉大な科学者が書いた本を読めばいいのです。なぜなら、もし凡庸な科学者が書いたものであったら、偉大な仕事をする方法をどうやって教えることができるでしょうか?彼はその方法を知らないのです。このルールには例外があります。偉大な科学者が書いた本の中には、読むことが不可能なものもあります。」
※Polyakovの授業は

https://www.youtube.com/watch?v=sJcN4EKO754&t=256s

でみれます。Princeton大学のサイトでも見れます。
https://physics.princeton.edu//archives/lectures/

A.M.Polyakov
A.M.Polyakov


言っていることは正しいですけど、偉大な科学者が書いた本の中には、読むことが不可能なものもあるって、思いっきり、Polyakov先生自身がお書きになったGauge Fields and Strings

のことを指しているのではと思いました。


ここでなんで、本の選択の話になったかというと、Polyakov先生が大学院生の古典力学の授業で古典力学の最小作用の原理に触れた折に、最小作用の原理の素晴らしい説明がされている本として挙げていたのが、ランダウ・リフシッツの力学(Polyakov先生は高校生の時に読んだそうです)とファインマン物理学(第2巻の電磁気学の本の真ん中あたりに余興として最小作用の原理を説明した講義が1つありますがそれを指していると思います)の2冊でした。そのあとで、授業で本の選択に関して冒頭の話になったのです。

ちなみに大家の本を読むに限るというPolyakov先生がいっていたことと全く同じことを言っているのが寺田寅彦です。「中谷宇吉郎集 第一巻」岩波書店にある「先生を囲る話」(中谷宇吉郎)

には寺田寅彦が語った話として以下の記述があります。

 「本は何といっても大家のものに限る。マクスウェルの電磁気とか、トムソン、テイトの物理教科書とかは、今頃の人にはほとんど読む人がないだろうが、閑があったらぜひ読んで見給え。新しい整った本よりも、あんな本の方がどれだけ役に立つか分らない。書いてある事は旧いし、今から見たら間違っていることもあるだろうが、ただ何となく、あれ位の大家の書いた本には、インスピレーションがあるね。そこが一番大切なんだ。この頃出る色々のものから寄せ集めたような、書いている本人もよく分らぬような人の書いた本にはそれがないのだ。実際そのインスピレーションを得るというのが、本の一番大切な要素なんだ。
 僕は大学の卒業前の正月休に、レイレーの音響学サウンドを持って修善寺へ行ったことがあるがね。湯にはいってはレイレーを読み、湯にはいってはレイレーを読むという生活は実に楽しかったな。到頭二週間近くで全部読み上げてしまったが、あれは後々まで随分役に立ったものだった。」

寺田寅彦も本は大家の書いた本に限るという考えだったようですね。書いている本人がわかっていないような本にはインスピレーションがないとのことです(笑)


寺田寅彦
寺田寅彦

※高校生の方向けに紹介しておきますと、寺田寅彦は現在では文学の方が有名ですが、物理学者が本職で、「X線の結晶透過」(ラウエ斑点の実験)などの研究があります。「物理学序説」という本を書いていたようでが、1/3ほど書いたところで未完になってしまったそうです。物理学序説については

一〇 物理学序説に記述があります。「僕はファラデイのような物理学を想像して学校へはいったのだが、失望したね。物理なんかちっとも教わりやしない。まるで数学ばかり教わったんだ。物理の数学中毒という論文を一度書いてみたいね。(中略)僕はその中物理学序説というものを書くから、今はとても忙しいし、それに差し障りがあるといけないから、今に六十になって停年になったら一つそれを書いて、大いに天下の物理学者を教育してやるつもりだ。」と語っていたようです。


話が冒頭から逸れましたが、上記の意見を参考にしつつ、この記事では主に「もし凡庸な科学者が書いたもの」、「色々のものから寄せ集めたような、書いている本人もよく分らぬような人の書いた本」を主に紹介しておきます(笑)まあ、Polyakov先生や寺田寅彦先生の言う通り大家が書いた本も重要ですから、一部は紹介しますが。(結局、長くなったので大家の書いた本の紹介しかこの記事ではできませんでした。(笑))


そこで大学1,2年生用の物理の教科書です。
まずは、大家の書いたインスピレーションがある本を紹介します。

ランダウ・リフシッツの理論物理学教程から挙げます。
※高校生の方向けに紹介しておきますと、著者の一人のランダウは旧ソ連を代表する物理学者で、超伝導、超流動、量子電磁力学、プラズマ、相転移の理論など物理学の広範な分野で業績を残した偉大な科学者です。

Mechanics: Volume 1 (Course of Theoretical Physics)
L.D.Landau, E.M.Lifshitz

これが冒頭のPolyakov先生が高校生の時に読んだ本です。最小作用の原理を説明の出発点にしていて、普通の力学の本と大分違います。Polyakovは別のインタビューでランダウ・リフシッツの理論物理学教程について聞かれ以下のように語っています。

A.M.Polyakov
Yes. That was the basic textbook. That was the great event of my life before university. I tried to read many popular books. And I took some freshman courses in physics, and I never really understood them and they didn't engage me. At some point, I bought a second-hand copy of Landau and Lifshitz's Mechanics and that was just a revelation. I still think it's a great book.
(そう、それが基本的な教科書だったんです。それが大学入学前の私の人生の一大イベントでした。私は、一般的な本をたくさん読もうとしました。物理の初級講座もいくつか受けましたが、まったく理解できず、興味を持てませんでした。ある時、ランダウとリフシッツの『力学』を中古で買ったのですが、これがまさに天啓でした。今でも優れた本だと思っています。)

このランダウ・リフシッツの理論物理学教程はとても有名で、全部で10巻があります。理論物理学教程の内容を紹介しているサイト

がありますので、それを参考にしてみてください。

ここでは全巻は紹介せず、1巻の力学以外では、学部生の時にやる電磁気学が含まれている
The Classical Theory of Fields: Volume 2 (Course of Theoretical Physics Series)
L.D.Landau, E.M.Lifshitz

非相対論的量子力学が応用も含めて幅広く解説されている
Quantum Mechanics-Nonrelativistic Theory (Course of Theoretical Physics)
L.D.Landau, E.M.Lifshitz

統計物理学全体がランダウ独自の見方で説明されている
Statistical Physics, Part 1, 3rd Edition (Course of Theoretical Physics, Vol. 5)
L.D.Landau, E.M.Lifshitz

のみを紹介しておきます。他にも流体力学、弾性理論、連続媒質中の電磁気学などがあります。

Lev.Landau
E.M.Lifshitz(左)、Lev.Landau(右)
E.M.Lifshitz(左)、Lev.Landau(右)
N.Bohr(前列左)、Lev Landau(前列右)
※N.Bohrは高校物理で出てくるボーア模型のニールス・ボーアです。



といってもこのシリーズはかなり高度なので、いきなり読むと挫折する可能性が高いので、ほかにもっと入門的な本も読んでおきたいところです。

もっと入門的だけれども、大家が書いた物理学の本として、Feynmanのものがあります。
The Feynman Lectures on Physics
R.P.Feynman, R.B.Leighton, M.Sands

なお、以下のURLで、カルフォルニア工科大学が無料で公開しているので、オンラインでよければ本を買う必要はありません。
https://www.feynmanlectures.caltech.edu/

これはFeynmanの大学1,2年生のための2年間の一般物理の講義をまとめたものになり、第1巻が力学、光、振動、波動、第2巻が電磁気学と物性、第3巻が量子力学となります。Feynmanの本は、大学1,2年生用の入門講義のため、数学はあまり難しいものを使っていません。ただし理論の展開はかなり独特ですので、おもしろい本だと思います。他の標準的な本を読みながら、別の視点を持つために読んでいくのが良いと思います。
※高校生の方向けに紹介しておきますと、著者のファインマンは20世紀のアメリカを代表する理論物理学者で、量子電磁力学の繰り込み理論、ファインマン経路積分などの多くの業績を残しました。

R.P.Feynman

もう一つ古いものとして、A.Sommerfeldの理論物理学の講座の本があります。(オリジナルはドイツ語ですがここでは英訳を紹介します。)これは古典物理学5巻と物理数学1巻からなり、Sommerfeldがミュンヘン大学で行っていた講義をまとめたものになります。今となっては古く量子力学がないのが残念ですが(Sommerfeldにはwave mechanicsという量子力学の波動力学の本は別にあります)、ハイゼンベルクやパウリが聞いていた講義がどんなものだったのかというところが興味深いので挙げておきます。
A.Sommerfeldの本はファインマンの本よりも数式がしっかり書いてあり、ランダウの本ほどは読者への要求が高くない、懇切丁寧な記述が良いようです。


まあ、パウリがそもそもSommerfeldの講義で勉強したかは全く不明ですが。ハイゼンベルクの回想「部分と全体」にゾンマーフェルトの講義に出席しているハイゼンベルクとパウリについての描写があります。

力学

連続体の力学

電磁気学

光学

熱力学、統計力学

偏微分方程式


A.Sommerfeld


A.Sommerfeld(左)、W.Pauli(右)


ところで、パウリも物理の講義録を残していますが、それは今回は省略します。(相対論の本は下で紹介しますが。)



あと大家が書いた物理の本となると、以下の2冊を紹介しておきます。
The Principles of QUANTUM MECHANICS
P.A.M.Dirac

はじめから、ケット|a>,ブラ<b|,一次演算子αで、理論を展開していきます。前半は線形代数の解説のような感じもしますが、重ね合わせの原理、観測の問題なども解説されます。だいたいディラックが定式化した内容がまとめられていてとても面白い本です。
※高校生の方向けに紹介しておきますと、著者のディラックは、電子の相対論的な振る舞いを記述するディラック方程式の発見者で、反物質の存在を予言しました。他にも量子力学の正準量子化による定式化、ハイゼンベルグ方程式の定式化、表示によらない量子力学の定式化(変換理論)、電磁場の生成消滅演算子による記述、フェルミオンの統計(フェルミ・ディラック統計)、磁気単極子の理論、拘束系のハミルトン形式の理論(ディラック括弧)などがあります。

P.A.M.Dirac
左の写真 R.Feynman(左)、P.A.M.Dirac(右)
右の写真 P.A.M.Dirac(左)、R.Feynman(右)
多分、1962年のワルシャワでの重力の国際会議の時の写真
P.A.M.Dirac(左) 、R.Feynman(右)
多分、1962年のワルシャワでの重力の国際会議の時の写真


相対論だと
Space Time Matter
H.Weyl

ドイツ語の原書は「Raum Zeit Materie」で、これは英訳です。この本は特殊相対論と一般相対論の本ですが、前半200ページぐらいは数学的な準備が主で、アフィン幾何学、リーマン幾何学の内容が独特な哲学的な考察を交えて書かれています。哲学的な記述は余計な気もしますが、そこら辺はとばして数学的な内容を勉強すればよいと思います。

H Weyl


番外としてパウリの相対論も挙げておきます。

この本は、もともと相対論のレビュー記事を本にしたもので、数学的な細かい証明などは省かれているところもあったりして、なかなか難しいです。物理的な説明はとても明瞭で、きっちり書かれています。
パウリには量子力学の教科書「波動力学の一般原理」もありますが、そちらは今回は省略します。
※高校生の方向けに紹介しておきますと、著者のパウリは、パウリの排他原理、行列力学を用いた水素原子のエネルギー順位の導出、スピンを記述するパウリ方程式、ハイゼンベルクと共同で行った場の量子論の定式化、スピンと統計の関係など多くのすぐれた業績があります。論文を書くより手紙を書いて議論する方が好きだったらしく、考えていたことすべてに対して先取権をもっているわけではなかったようですがあまり気にしなかったそうです。
※ちなみにディラックはパウリが嫌いだったようですが、パウリとディラックの写真は残っているようです。(笑)

W.Pauli


W. Pauli(左)、P.A.M.Dirac(右)
左から P.A.M.Dirac、W. Pauli、R.Peierls

さて、ここまで大家の書いた本ばかり紹介してきました。もともと、大学1,2年生用の優しい入門書を紹介する予定だったのですが、直前にPolyakovの授業を見たせいか、大家の書いた本ばかりを紹介することになってしまいました。

手っ取り早く基本的な定式化を学ぶには、現在の大学の教科書に指定されているPolyakovに言わせると「凡庸な科学者が書いたもの」、寺田寅彦に言わせると「色々のものから寄せ集めたような、書いている本人もよく分らぬような人の書いた本」も挙げなくてはいけません。というのもそちらの方が入門に良いからです。というわけで、次回はもう少し入門的な本を紹介します。

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