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最近読んで面白かった本。『数学的にありえない』

ハリウッドのノンストップアクション映画みたいな話だった。
最終的に主人公はスーパーヒーロー化するし、オプションでなんか可哀想な生い立ちを持った強い美女も付いてくるしね。
気になる点が多少あるけど、それなりに面白かった。

『数学的にありえない』とかいう大仰な邦題だけど、数学が破綻した世界の話というわけではない。ありえないくらい低確率の事象が起きてます、くらいの意味。


雑なあらすじ。

統計学講師でポーカー中毒のケインが、あり得ないくらい低確率の不運に巻き込まれる。
それにはケインに眠るある能力が関わっていて、彼は政府機関やマッドサイエンティストやら借金の取り立てやら、四方八方から狙われることになる。
様々な思惑が重なるなか、ケインは平穏な日常を取り戻せるのか!
って感じ。

気になった点:計算間違ってますよ。

まず気になったのが、冒頭のポーカーのくだり、計算間違ってない?

物語の冒頭、賭けポーカー(テキサスホールデム)でフォーカードを完成させたケインは、対戦相手が自分より強い役、ストレートフラッシュを完成させている可能性を恐れていた。
なのでケインは自信を取り戻すために、「自分が負ける確率はとんでもなく低いのだ」という確率計算を行う。

状況
ケイン フォーカード
相手  ストレートフラッシュ?

ここでケインは

・フォーカードとストレートフラッシュが同時に作られる確率

を計算するんだけど、これっておかしくね?
ここでケインがするべき計算は、

・場の5枚が開示され、そのうちの3枚がストレートフラッシュのタネだったときに、相手が残りの2枚を持っている確率

だろ。

既にカードはめくられているんだから、全事象について考えるのはナンセンス。
例えるならじゃんけんに勝つ確率を考える際に、自分がこの世界に生まれた奇跡の確率まで考慮するようなものだ。

「えっと、俺は3億匹の精子の内の1匹から出来てる訳で、だから俺が産まれてきて、そしてここでじゃんけんに勝つ確率は、(1/3億)×(1/3)ってことで……」

こんな奴いないでしょ。
初っ端からかなり萎えた状態で読み進めることになった。

あるいはイカサマを使われているかどうかを判断する指針として今起きている事象の確率を確認するっていうのなら理解できる。
しかし、この賭場では絶対にイカサマは起こり得ないってことが前もって念入りに説明されているので、そう好意的に解釈することもできない。

もう一つ気になった点:説明間違ってますよ。

「飛行機の加速中は体重が重くなったように感じる。でも加速が終わると普通に戻る。ここから導き出されるのがE=MC^2
光速Cは不変なので、エネルギーが大きくなれば質量が大きくなる。だから、飛行機が加速して、運動エネルギーが増大している間は自分の体重が重くなったように感じる。」

こんなようなことを、ケインの兄がドヤ顔で喋るんだけど、この相対性理論の説明は間違っていて、慣性力と時間の遅れの概念がぐちゃぐちゃになっている。

もしかしてこの的外れな説明は兄が正気を失っていることを強調する描写なのかな?とも思ったけど、どうやらそういうわけではないらしい。このシーンで主人公達と同席していた教授もこの説明の「正しさ」を保証していたし。

SFでこういうことをされると一気に萎える。
別に現行の科学と矛盾するなと言ってるわけじゃない。空想科学がどれほど飛躍してても全然気にしない、どころか大歓迎だ。だってSFで語られるのはこの宇宙の話じゃなくて、そういう宇宙の話なんだもん。
この作品においてもそういうワクワクするハッタリはあった。
ラプラスの魔による未来予知?いいね。
集合無意識を利用した分散コンピューティング?いいじゃんいいじゃん。かっこいいじゃん!
でも相対性理論の説明として意味不明な妄言を吐くのはダメだ。

現行の科学を無視してもいいし否定してもいい。SFのFの部分にはそれを飲み込むくらいの度量がある。
でも従っておきながらドヤ顔講釈を間違えるのはクソだろ。

でもなんやかんや面白い。

でもこの2点をはじめとする気になる部分の数々から目を逸らせばなんだかんだ面白かった。

まずこの小説は、事態に関与する登場人物達の視点を飛び回りながら進んでいく形式になっていて、それが良い。
独立して進んでいたの複数の物語が遂に交錯していく過程には特有の興奮や快感がある。

これ系の小説では高野和明の『ジェノサイド』とかも好き。

終盤、複数の視点が合流した辺りからは急激につまんなくなっていくんだけど、それでも上巻の複数の視点から語られる物語は面白かった。

全知者の責任

ネタバレするとケインの秘められた能力は未来予知なんだけど、予知能力者に課せられる責任について描いている点も良かった。

下巻の中盤でケインは予知能力に覚醒し、分岐していく未来の全てを知覚できるようになる。
そこでケインは恐ろしさのあまり何もできなくなってしまう。
どういうことか。

例えば予知の結果、目の前にいるAさんが3日後に死ぬことを知ったとする。当然ケインはそれを止めようとする。
しかしケインが止めるための行動をすると、それが遠因になってまた別のBさんが死んでしまう。そしてケインはそのことも予知によって知っている。
自分が行動してもしなくても誰かが死ぬ。
じゃあ後は誰を選ぶかという決断になる。
事実上、全人類の人生はケインの決断次第で決まる。この世界で起こる悲劇の全ては、ケインがそれを看過したから起きることになる。
全てをコントロールできるが故に、全ての責任はケインにのしかかる。

まあノンストップアクションである本作において、主人公が動けなくなるのはNGだ。
なので、予知能力の発動後、未来の記憶は徐々に薄れていくという設定によってお茶を濁していた。
それでもちゃんと全知者の責任について描いてくれたのは良かった。

後記:言わなくてもいいこと。

本当は最近読んだ面白かった本を2,3冊挙げる予定だったんだけど、今回はこの一冊で納めることにする。500文字くらいで済ませるつもりが2500文字になってしまった。
単独で紹介するほどこの本が面白かったわけでもムカついたわけでもないんだけど、気になる点が具体的かつピンポイントに存在していたので文章が伸びていった。

そこまでハマらなかった本の感想を1記事まるまる使って書いてしまったことが癪なので、ここでこうして
「あんたなんて好きでもなんでもないんだからね!」
というようなことを言っておく。

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