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ポトフ 美食家と料理人/トラン・アン・ユン監督

第76回カンヌ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞したトラン・アン・ユン監督の「ポトフ 美食家と料理人」を見る。英題は「The Taste of Things」。

トラン・アン・ユン(1962年生まれ)は、幼少の頃にベトナム戦争を逃れフランスに移住した。現在はパリ在住の監督だが、1993年の長編デビュー作「青いパパイヤの香り」が大ヒットし、カンヌ映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を取る。当時自分は留学中で、ロンドンのRussell sq.駅近くのRenoir という独立系の映画館(懐かしい…まだそこにあるのか)でそれを見た。それは瑞々しいというよりは、精緻で完成度が高い映画であった。その後自分はトラン監督の作品を見てはいないのだが、日本では「ノルウェイの森」を撮った監督として有名である。

さて「ポトフ」 は19世紀末期のフランスの森の中のシャトーが舞台だ。世紀末のヨーロッパに名を馳せた美食家ドダン(ブノワ・マジメル)と、彼の閃きを翻訳し、実際の「料理」として客人に供するのが天才料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)。響きあう二人の感性と、彼らが生み出す至高の料理を巡る物語である。

誰が見ても素晴らしいパートナーの二人だが、ウージェニーはドダンのプロポーズを受け入れることを躊躇う。彼女は、主人(レストランの経営者)と住み込みの料理人という関係性の中で、料理人として対等の関係を築いてきた20年という年月を、夫と妻という関係で覆されることを恐れていた。ドダンは体調を崩したウージェニーのために、初めて自らの手で料理を作る。

ユーラシア皇太子(モンゴルっぽいが架空の人物だろう)から招かれた晩餐会/「論理もテーマもない大量の料理」への返礼として、「家庭料理」の「ポトフ」をメインにした究極の料理を考案するのだが、それがドダンがウージェニーに作ったレシピなのだろう。なかなか手の込んだラブストーリーだが、「料理」という行為が妙に「艶かしい」のもフランス映画らしい美学を湛えている。

ちなみにトラン・アン・ユン監督は「青いパパイヤの香り」で主演・成長したムイを演じたトラン・ヌー・イエン・ケーと、その後公私にわたるパートナーとなるわけだが、今回の「ポトフ」は彼女に捧げられた映画でもある。映画の主題が、長く続いたパートナーとの関係を祝福するものであるのは重要だ。そして、少女のムイが奉公先で教わった初めての「料理」が、青いパパイヤのそれだったな…と思い出している。「ポトフ」ではまた、若い世代の少女にウージェニーの思想と料理が受け継がれてゆく、そういう話でもあるのだ。

監督:トラン・アン・ユン  
出演:ジュリエット・ビノシュ | ブノワ・マジメル | エマニュエル・サランジェ


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