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君は行く先を知らない/熊は、いない

パナー・パナヒ監督の「君は行く先を知らない」、そしてジャファル・パナヒ監督「熊は、いない」を見た。パナー・パナヒ監督はイラン映画の巨匠ジャファル・パナヒ監督の長男で、今回の作品「君は行く先を知らない」が長編デビュー作となる。

父親ジャファル・パナヒ監督については説明もいらないだろう。イラン映画の黄金期にアッバス・キアロスタミ監督の助監督を務め、1995年「白い風船」で長編デビューする。言論への弾圧が厳しいイランで2010年に逮捕され「20年間の映画制作禁止」と「出国禁止」を言い渡されているのだが、さまざまな手段を用い、現在までに5本の映画を製作している。自分は前作の「ある女優の不在」を見たが、監督自身が本人として出演する、ロードムービーの要素を持ったフィクションともドキュメンタリーともつかない独自の物語構造を持つ作品だ。

最新作の「熊は、いない」もまた、前作同様イランという国の因習的な村社会の構造を浮き彫りにする。

小さな村で監督が巻き込まれる事件と、彼自身がリモートで監督する映画の内外で展開されるもうひとつ別の物語の、二組の男女をめぐる二本のプロットから「国境」という見えない境界線を問う複層的な構造を持つ。一方で、思想的にはシンプルすぎるほどの「切実な」作品なのだ。「熊は、いない」。だが結果としてそこに熊は「いた」のである。

監督:ジャファル・パナヒ  
出演:ジャファル・パナヒ | ナセル・ハシェミ | ヴァヒド・モバッセリ


パナー・パナヒ監督(1984年生まれ)の「君は行く先を知らない」もまた、父ジャファル・パナヒ監督と同じ国境線をテーマとする。自国が嫌なら出ていけばいいと簡単には言えない世界の話である。

後部座席には幼い男の子(ラヤン・サルアク)と足をギブスで固定した父親(モハマド・ハッサン・マージュニ)、助手席には母親(パンテア・パナヒハ)。そして始終押し黙り、悪路と荒地を走るべく借りた4WD車を運転する二十歳になったばかりの長男(アミン・シミアル)と余命幾許もないの飼い犬。一家総出のロードムービーだ。彼らはどこに向かうのか。大人たちの言葉にならない緊張感は年の離れた次男に否応なく伝わり続け、彼はテンション高くひたすら喋り続ける。

約束の場所に、覆面の男がバイクで迎えに来る。ロングショットで描写される小さなシルエットの彼らは、長男の姿はもちろん、母親や父親の狼狽える様子も男の子の表情も、私たちは伺い知ることができない。切り取られる美しい風景の中の別れの場面は、彼らの交わす絶叫にも似たその声音だけが響いている。

彼らのように車で来た複数の家族たちは、同じ場所に集められ、満天の星空の下で一夜を明かす。愛する家族との最後の別れができると信じて、だが皆がそれはうすうす嘘だと気づいていたとしても、彼らはその場所でその時を待つ。イスラム社会で長男を国外に逃すという決断は決して軽いものではないだろう。ましてやその行先がどこなのか、はたまたその秘密裏の出国の結末について、誰ひとりそれを知る者はいない。

自分の家族に何が起こっているのか、すでに幼い次男坊の知るところだ。帰り道、ひたすらに前に進むしかない現実に立ち向かうように、まるでグザビエ・ドランの映画の主人公のように、疾走する車のルーフから身を乗り出し彼は絶叫する。…凱歌のごとく。命が尽きた老犬を乾いた大地に埋め目印となるよう携帯電話のアンテナを立てて、家族3人を乗せた借り物の車は荒野を走り続ける。それを「希望」と呼ばずしてなんと呼ぼう。

イラン映画の新たな傑作。苦しくとも、なんと美しい映画なのだろうか。

監督:パナー・パナヒ  
出演:モハマド・ハッサン・マージュニ | パンテア・パナヒハ | ラヤン・サルアク


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