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ヤスミン・アフマド傑作選 アディバ・ヌール追悼上映

2009年に51歳の若さで亡くなったマレーシアのヤスミン・アフマド監督。そして今年6月には、アフマド監督作品で主人公の若者(あるいは家族)を支える印象深い役柄を演じてきた女優アディバ・ヌールさんもまた51歳の生涯を閉じた。今回の「ヤスミン・アフマド傑作選 アディバ・ヌール追悼上映」では、アディバ・ヌールさんの出演する『細い目』(2004年)『ムクシン』(2006年)『タレンタイム〜優しい歌』(2009年)の3作品を見た。

アフマド監督作品をひとことで総括すると、「優しい映画」という言葉に尽きる。6割のマレー系、3割の中国系、1割のインド系の住民からなる他民族国家マレーシアは、遡ればイギリス東インド会社からの移民の歴史があり、宗主国であるイギリスの統治終了後は、住民は互いに種融和的関係を保ちつつ社会生活が営まれているようである。英語が準公用語である一方、マレー系がマレー語を話すムスリムであるように、それぞれのコミュニティーでの言語や宗教、それに伴う習慣、あるいは統治時代に端を発する階級や貧富の差について、「大人たち」の社会では、時に受け入れ難い偏見や障壁となっている。

「細い目」とはマレー人が中国系の目の細さを揶揄する言葉である。香港映画の海賊版ビデオを売る中国系のジェイソン(ン・チューセン)とマレー系のオーキッド(シャリファ・アマニ)は互いに一目惚れをする。アメリカの映画や音楽、香港映画や金城武に至るまで、当たり前に共有されている現代社会で、映画はお互いの家族とお互いのコミュニティ間での差異や各々の友人との会話の中で、また親の世代の価値観とその揺れについて、見る者それぞれが振り返り考えていく作品となっている。

また『ムクシン』では、夏休みを叔母の家で過ごす12歳のムクシン(モハマド・シャフィー・ナスウィップ)と10歳のオーキッド(シャリファ・アルヤナ)との、いわゆる「初恋」を描いている。本人どうしの触れ合いの外側に、マレー人どうしでさえ互いに超え難い偏見や苦悩を並置して描いているのが特徴だろうか。凧を上げること、木に登ること。小さな二人が共有出来る時間は短く儚い。

『細い目』のオーキッドを演じるシャリファ・アマニと『ムクシン』のシャリファ・アルヤナは姉妹なのだろうか。二人が双方の映画に少しづつ出演していて、時間が攪拌されるような不思議な感覚がある。オーキッドという役柄自体がアフマド監督自身をモデルにしていることもある。その双方のオーキッドに対して、オーキッドの家の家政婦ヤムとして、アディバ・ヌールは外見そのままの大らかさと優しさのコメディタッチで本人と家族を支える役割は重要である。

長編最後の作品『タレンタイム〜優しい歌』では、マレー系でピアノと歌が上手なムルー(パメラ・チョン)と、インド系で耳の聞こえないマヘシュ(マヘシュ・ジュガル・キショール)が、学校主催の「タレンタイム」オーデションの出演者と、彼女をバイクで会場へ送り届ける係として出会い、恋をする物語である。

ここでもムクシンを演じたモハマド・シャフィー・ナスウィップが、マヘシュの恋のライバルとして、また彼と中国系の優等生と「タレンタイム」でのライバル関係が、彼らの家族やそれぞれが置かれた立場での葛藤について、マレーシアという国と社会に於いて彼らを取り巻く人々とそれぞれが抱える愛や苦悩が、切なくかつ優しく描出されている。アディバ・ヌールは、オーデションを仕切るアディバ先生として、アフマド監督の世界観を体現する。

機会があれば是非。誰もが再び優しい気持ちを取り戻すだろう。誰もが共有し感情移入できる音楽もまたこの映画には不可欠である。


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