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水を抱く女/クリスティアン・ペッツォルト監督

2021-04-29鑑賞

クリスティアン・ペッツォルト監督の『水を抱く女』を見る。ベルリン国際映画祭の銀熊(最優秀女優賞)。ペッツォルト作品では以前『東ベルリンから来た女』を見ている。
https://undine.ayapro.ne.jp/about.php

「水の精霊 」Undine(ウンディーネ)は伴侶の愛とともに「魂」を獲得し、一方で不実には「死」をもって復讐し、自らもその肉体も失い「水」に還るとされる。

映画の冒頭、ウンディーネ(パウラ・ベーア)はヨハネス(ヤコブ・マッチェンツ)から別れ話を切り出される。すでに単なる動揺とは異次元の緊張感とともに、「私を捨てたらあなたを殺さねばならない」という台詞がウンディーネから発せられる。「水の精霊」のメルヒェンであるが、この映画の物語としてはまた別の解釈も成り立つだろう。

ウンディーネはベルリン市開発省の庁舎で、ベルリンの歴史を解説する仕事をしている。彼女によって淀みなく語られる東西分断の歴史。そしてベルリンという言葉は、スラブ語で「沼」や「沼の乾いた場所」を意味すると言う。19世紀ドイツロマン派文学の傑作「ウンディーネ」(フリードリヒ・フーケ作)では、最後に「水」と化した彼女が、愛する伴侶を求め「沼地」へと流れ込んでいく様が描かれている。彼女が「現代のウンディーネ」である事が、ここで彼女自身によって告げられているとも言える。

ギャラリートークを終え、失意を抱えながらカフェに戻りヨハネスを探す彼女は、そこで潜水作業員クリストフ(フランツ・ロゴフスキ)と衝撃的な出会いを遂げる。映画では緻密に引かれた伏線が互いに絡み合っていて、例えばウンディーネとクリストフとの出会いの場である巨大な水槽の中にあった「潜水夫の人形」であったり、携帯電話に語られる言葉であったり、あるいは意外なところでは心臓マッサージの「ステイン・アライブ」とか、映画のシーンを思い返すたびにペッツォルト監督の描く脚本に圧倒される。

ウンディーネは、ヨハネスへの失意が覚めぬままヨハネスのことを深く愛することになるのだが、結果的にはある事件から、彼女はその宿命と向き合いつつも、彼女自身の意思で「愛」を貫くことを決意する。19世紀文学上ではやはりウンディーネも多分に男性目線で描かれるのだが、ペッツォルト監督のウンディーネは、最近の映画では珍しいほどストレートな恋愛劇ではありながら、現代のウンディーネ像をその物語に埋め込むことに成功している。

ウンディーネを演じるパウラ・ベーアは『ある画家の数奇な運命』(ゲルハルト・リヒターの半生を描いた)のエリー役。そう言えば、繰り返し流れるバッハの曲、協奏曲ニ短調(マルチェッロのオーボエ協奏曲による)BWV974 第二楽章アダージョは、ヴィキングル オラフソンのピアノ演奏だと気づいてしまった。おすすめです。

監督:クリスティアン・ペッツォルト  
出演:パウラ・ベーア | フランツ・ロゴフスキ | マリアム・ザリー

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