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#2 LOOP BLAKE 第1章 異世界 第1話「藍川竜賀」

 日本にほんはるさくらき、あたらしい出会であいの季節きせつおとずれている。この時期じき大方おおかた学校がっこう春休はるやすみに突入とつにゅうしている。新学期しんがっきけての準備じゅんびすすめている学生がくせいこころおどらせている。

 小学生しょうがくせいあいだではスポーツは部活動ぶかつどうはなく小学生向しょうがくせいむけのスポーツクラブにはいらなければならなかった小学校卒業生しょうがっこうそつぎょうせいであるこの少年しょうねん中学ちゅうがく1年生ねんせいけてちちひらいている剣道けんどうじょう時間じかんがあればかよめていた。

 青色あおいろ長髪ちょうはつなびかせておとこともおんなようにもれるととのった中性的ちゅうせいてきな顔立ちだが、12歳にしてはしっかりした肩幅や肉付きとしている細身の年頃の青年といったような体格をしており、剣道の袴を着ている姿は美しい侍の様にも見えている。

 この少年の名前は藍川竜賀(アイカワリュウガ)と呼ぶ。

 竜賀は父親である藍川光男と一緒に母方の祖父の家系が代々引き継いでいた「冴輝道場」に通っていて小学校1年生の初めから6年間も剣道に明け暮れていた。

 道場で同じ剣道仲間と稽古をした後、道場の師範代である父親と居残りでチャンバラごっこをする。これが竜賀の楽しみでもあった。

 竜賀は父・光男から剣道を「やれ」とも「やるな」とも言われたことはなかった。ただ父親が剣道に夢中になっている姿を小さい頃から見ていて興味を持って父親の目を盗み、剣道仲間たちと竹刀を持ち始めたのがきっかけだった。

 小学校4年生頃になって同年代の剣道の県大会で優勝し腕に自信を持ち始めた時、道場の師範代である父親に勝負を挑んだ。その時父親に手も足も出なかった。

 そこから父親と道場に居残りで剣道の勝負をするのが竜賀と光男の高齢になっっていた。

光男「はい!今日はここまで!!」

竜賀「えーー!!なんでだよ!?もうちょっとやろうよ!!」

光男「ダメダメ お母さんや彩花や光希がご飯作って待ってるだろうし遅くなったら怒られるからな」

竜賀「くっそ〜〜」

光男「竜賀 俺に挑み始めた時から何度も言ってるだろう なんで自分が負けたのか考えて次に活かせってな」

竜賀「それは何回も聞いたよ!しつこいよ!」

光男「そうだなお前が小学校5年生になったくらいだったよな お前が卑怯な手を使って勝ちに来る様になったのは?」

竜賀「卑怯っていうな!あれは体格的ハンデをどうにかするために編み出したことだって何回も言ってるじゃん!」

光男「だからって相手に剣道で挑んでくるはずが掴みかかったり下段狙ったり殴りかかったりするか普通?まあでもそれでも俺には手も足も出てねえからな?」

竜賀「ぬぐぐ」

光男「正式な試合形式の戦いでも実践的な戦いでも総合力で圧倒的にお前はお父さんに劣ってるってことだ」

竜賀「でも・・・!」

光男「だがなこうやって毎回必死になって自分より何倍も強い相手でも怯まず諦めず立ち向かおうとする・・・竜賀 それはお前の強さだ」

竜賀「強さって・・・負けてんだぞ俺」

光男「大人になりゃ分かる 何かと理由つけて自分の夢を下方修正して自分の人生に言い訳しながら生きていく虚しい大人ってやつが世の中腐るほどいるんだ・・・竜賀・・・お前の夢ってなんだ?」

竜賀「世界で1番の剣士になること!!1番強い剣士になることだ!!」

光男「・・・その夢・・・絶対に諦めんなよ」

 竜賀はこんな毎日を送って父親と武道を通じてコミュニケーションを取っていた。

 そしていつもの様に父親と居残り稽古をした後、帰り道で光男からいつも父親の剣道論を聞いていた。

光男「竜賀いいか?」

竜賀「またいつものやつだよ・・・」

光男「お前は剣士けんしになりたいってゆめを語っていたが、それじゃあお前の目指す『剣士けんし』ってのは一体どんなものなんだ?」

竜賀「え?そりゃどんな敵にも負けねぇ1番強い力を持ったさむらいでしょ!どんな力にも屈しない最強の男だよ!」

光男「ん〜〜お父さんが思い描いている『剣士けんし』とはちょっと違うなぁ・・・」

竜賀「え?じゃあ父さんはどんな人を本当の『剣士けんし』だって思ってるの?」

光男「何も斬らない事も、誰も傷付けない事もできるひと・・・かな?」

竜賀「何それ?剣士けんしなのに何で誰も斬らないし傷付けないの?それって竹刀しないで戦って強いってこと?」

光男「いや、本物ほんもの真剣しんけんを使ってだよ」

竜賀「ますます訳分かんない!だって真剣を使ったら人を普通に斬っちゃうし、最悪殺せちゃうよ?なのに斬らないし傷付けないの?」

光男「ああ・・・本物の『剣士けんし』って言うのは文字通り『けん使つか武士ぶし』と書くんだ。けん凶器きょうきであり剣術けんじゅつ殺人術さつじんじゅつでもある。どんな綺麗事きれいごとを並べてもそれが真実しんじつでありけんと呼ばれる武器ぶき運命うんめいだ。しかし『剣士けんし』は人間にんげんだ。人間にんげん運命うんめい自分じぶん意志いしえられるちからを持っているとお父さんは思っている」

竜賀「何かかっこいい事言ってるけど全然意味がわかんない」

光男「ふふ・・・本当の『剣士けんし』とは斬りたい物を斬り、守りたい物を守る『ひと』だと思っている。触れる物皆傷つける『ひと』をお父さんは『剣士けんし』とは思わない」

 竜賀はその言葉の意味を考えようとしたが今は答えが出なかった。

光男「竜賀にはまだ難しいか?まぁ今は平和な時代だからそこまで急いで答えを出そうとしなくていい。そんな簡単に答えが出るなら苦労はしないからな」


 竜賀は父・光男から出されたこの問いについてこの時はそこまで深く考えていなかった。しかし残酷な運命が襲いかかる竜賀はこの言葉の意味を否が応でも考えさせられる時が近づいていることを彼はまだ知らなかった。


 そして4月の初め、中学生になる準備を進めつつ、剣道場で父親との居残り稽古が終わった後竹刀や稽古着を持って2人で夕方の帰り道を歩いていた。

 竜賀はまた光男に負けたことの自己反省をしていた。

 そんな時帰り道のいつもの通りを歩いていると竜賀は右側にある細い路地から不気味な風を感じた。竜賀はその風が気になり立ち止まった。

光男「竜賀?どうした?」

竜賀「何か・・・向こうで・・・」

光男「この路地がどうかしたのか?」

 竜賀は好奇心を抑えられず、その細い路地に吸い込まれるように早足で歩き出した。光男もそれに続いて竜賀を追いかけるようについて行った。

光男「おい!竜賀!この先に何があるって言うんだ?」

竜賀「はあ!はあ!」

 もはや駆け足にもなっていた竜賀に追いつこうと光男も必死に追いかけていた。すると突然竜賀は路地の行き止まりまでくると2人は急ブレーキをかける様に立ち止まった。

 薄暗い路地の行き止まりの壁には見たことも無い、赤みを帯びた2mもの大きな黒い渦の様なものがあった。この黒い渦の中から竜賀は先ほど感じた不気味な風の様な物を強く感じていた。

光男「何なんだこれ・・・」

 光男は見たこともない異様な光景を目の当たりにして混乱していた。竜賀は渦の中に何かがあると感じ取って奥を凝視していた。

 すると渦の中から黒光りする大きな塊の様なものが出て来た。その黒い塊は出てくるのが止まったかと思えば、今度はゆっくり花が開くように5本の指の様なものが開き、2人の前で手の平を見せるように止まった。

 次の瞬間黒い手の平のような物の中心から怪しげに輝く黄色い瞳を持つ紫色の眼球が現れた。

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 紫色の眼球はキョロキョロと周りを見渡した後、明らかに竜賀を認識していた。

光男「竜賀!!!逃げろっ!!!!」

 自分の息子を狙おうとする「手」から逃そうと咄嗟に光男は竜賀に飛びつこうとした。しかしその「手」が信じられないスピードで竜賀の胴体を掴んだ。

 竜賀を掴んだ「手」に光男もしがみつき必死に息子から「手」を引き剥がそうとした。しかし「手」は竜賀の体を掴んだまま黒い渦の中に引き摺り込もうとしていた。そして竜賀と、竜賀を助けようとした光男も2人一緒に渦の中に引き摺り込まれた。

 2人を飲み込んだ渦はその後何もなかったかの様に跡形もなく消えた。


 竜賀は冷たい土の上で自分が横になっていると気付いて目を開けると、ついさっきまで見ていた路地裏ではない場所が目に入った。

 頭をゆっくり上げて周りを見るとすぐ近くに父親も横たわっているのが見えて竜賀は急いでその傍に駆け寄った。

竜賀「父さん!!父さん!!大丈夫!!?」

光男「うっ・・・」

 竜賀の呼びかけに光男は目を覚まし顔をあげあたりを見渡した。

光男「竜賀・・・ここは・・・?」

竜賀「良かった・・・分からない・・・何だかお墓の中にいるみたいだけど」

 光男が目を覚ましたことに安心した竜賀はあたりを見渡して周りの状況を確認して、自分達が今緑の芝生に立つ大理石の墓標の中に囲まれていることに気がついた。墓標には全て英語で名前が書かれており日本語文化の雰囲気はどこにもなかった。

 夕方の日が沈み始めている時間帯であるだろうか。春にしては肌寒い空気を感じながら墓地を歩いていくと木々の向こう側から黒い煙が上がっていた。

 光男と竜賀は向こう側に人の気配を感じて、早足で歩き始めた。

竜賀「お父さんもしかしたら向こうに?」

光男「ああ・・・ひょっとすればな」

 2人は林の中を抜けると、そこに広がる光景に絶句した。


竜賀「何だよ・・・これ」

光男「そんな・・・」

 2人の目の前にはレンガの家々が崩れ中から炎が立ち、道に広がる瓦礫の中から悲鳴を上げている人々が必死に助けを求めている地獄絵図の様な光景だった。映画のフィクションの中でしか見たことのないようなスラム街の光景は竜賀の不安を猛烈に掻き立てた。

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 竜賀は気付いていなかった。自分の右手の平に青色の丸い不可思議な紋章の様なものが浮かび上がっている事に。

 これは突如異世界に引き摺り込まれた少年の過酷な運命と世界を変えてしまう壮絶な物語である。


To Be Continued




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