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ジェンドリンの基本用語、エクスプリケーション (explication): ドナータ・シェラー博士とのQ&A

ジェンドリンの哲学を研究してきた私にとって、2020年いちばんの収穫は、ドナータ・シェラー (Donata Schoeller) さんという哲学博士のオンラインセミナーに参加したことでした。参加したことで、ジェンドリンの基本用語「エクスプリケーション (explication)」の理解が深まりました。

オンラインセミナーのタイトルは「フォーカシングの哲学的ルーツ:入門 (The Philosophical Roots of Focusing: An Introduction) 」です。彼女のプレゼンそのものが興味深かったのですが、質疑応答の時間に、私の質問に対して彼女が誠実に回答してくれたのがとてもうれしかったです。

私が質問したのは、ジェンドリン哲学の用語「エクスプリケーション (explication)」についてでした。エクスプリケーションは、日本語では「解明」 (ジェンドリン, 1993) とも、「展開」 (ジェンドリン, 2023) とも、「明示化」とも訳されています。池見陽先生の著作においてなら「言い表わすこと」とも訳されています。「エクスプリケーション」は、ジェンドリンの初期の哲学的主著『体験過程と意味の創造』 (Gendlin, 1962/1997; ジェンドリン, 1993) と後期の哲学的主著『プロセスモデル』 (Gendlin, 1997/2018; ジェンドリン, 2023) とでは、その意味するところが異なってくると私は長年思っていたのです。

セミナーの最終日、私は彼女に次のように質問をしました:

先週の質疑応答で、エクスプリケーションはジェンドリン哲学で基本的な用語だと、あなたはおっしゃっていました。お話になったように、エクスプリケーションという用語は、「より豊かで、より明示的で、より十分に知られる」という意味で、彼のほとんどの著作で使われています。一方、『体験過程と意味の創造』(Gendlin, 1962/1997)において、ジェンドリンは以下のように書いています:「把握的な (comprehensive) 定式化は、元の感じられた意味をある程度変えてしまう。定式化は、感じられた意味を同一で平行的にエクスプリケートするよりも、感じられた意味をむしろ『把握する (comprehend) 』のである」(Gendlin, 1962/1997, p. 123; cf. ジェンドリン, 1993, p. 151)。ということは、『体験過程と意味の創造』におけるエクスプリケーションという用語は、「より十分に知られる」ものとしての創造的な役割を意味していないと私には思われます。私は、彼ののちの著作で使われるエクスプリケーションに対応するのは、『体験過程と意味の創造』で使われる用語で言うと、エクスプリケーションではなく、むしろ把握 (comprehension) なのではいかと考えています。ですから、ぜひとも、私の解釈が正しいか否かを、この貴重な機会にぜひおたずねしたいのです。

すると彼女は「そうですね、私も本当にそう思います」と述べながら、次のように付け加えてくれました:

「エクスプリケーション」は機能的関係 (Gendlin, 1962/1997, pp. 116–10; ジェンドリン, 1993, pp. 133–7) であって、その後、豊かな役割になります。『プロセスモデル』 (Gendlin, 1997/2018; ジェンドリン, 2023) では非常に大きな役割になります。例えば、「エクスプリケーションの法則」などですね。なので、もしあなたが『体験過程と意味に創造』の用語に置き換えたかったら、「把握」に置き換えてよいでしょう。でも、もしかしたら、把握だけでは十分ではないかもしれません。もしかしたら、すべての機能関係が一緒に機能することを必要とするのかもしれません。あなたの質問は、このように考えることができるのではないかと私にインスピレーションを与えてくれたのです。

私の質問の意図をしっかりと受け止めてもらい、さらに彼女自身の見解を言ってもらえたことは、セミナーに参加した私にとって、非常に充実感がありました。


2023年補足

あれから3年が経ち、私はジェンドリンの「エクスプリケーション」の意味合いの変遷をまとめてみました。結論から先に言うと、彼がこの言葉を平行的な意味で使っていたのはごく初期の著作である『体験過程と意味の創造』 (ECM) に限ってであって、その後の彼の活動の大部分では、むしろ次のように非平行的な意味で使っていました:

したがって、彼ののちの著作におけるエクスプリケーションの用法は、以下のディルタイの引用にある「展開 (Explikation)」の意味により近づいたと私は考えています:

私は、外から妨げられることなく、時間のなかで経過してゆくことのできる一つの表現を探し求めなければならない。器楽はそういうものである。器楽が実際にどのように成立したにせよ、創作者が時間のなかにおけるその連関を一つの形象から他の形象へと見渡す経過がある。そこにあるのは、ある方向、実現しようと進んでいく行為、心的活動そのものの進展、過去の制約を受けながらもさまざまな可能性を内に含むこと、同時に創造でもあるような展開 (Explikation) である。 (Dilthey, 1927, pp. 231-2; cf. ディルタイ, 2010, pp. 256-7)

結局のところ、ディルタイの「展開 (Explikation)」に対応する用語は、ジェンドリンの初期の著作『経験と意味の創造』においては、「エクスプリケーション」ではなく、むしろ「把握」だということができるでしょう:

把握とは与えられた経験された意味をシンボル化するのだが、同時に創造的でもある他はないのである。 (Gendlin, 1962, p. 124; cf. p. ジェンドリン, 1993, p. 152)


謝辞

英語で質問をするにあたって、読み上げ原稿を監訳してくださった並木崇浩さんに感謝します。


文献

Gendlin, E. T. (1962/1997). Experiencing and the creation of meaning: a philosophical and psychological approach to the subjective (Paper ed.). Northwestern University Press.  ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 筒井健雄 [訳] (1993). 体験過程と意味の創造 ぶっく東京.

Gendlin, E.T. (1965/66). Experiential explication and truth. Journal of Existentialism, 6, 131-146.

Gendlin, E. T. (1997/2018). A process model. Northwestern University Press. ユージン・T・ジェンドリン [著] ; 村里忠之・末武康弘・得丸智子 [訳] (2023). プロセスモデル:暗在性の哲学 みすず書房.

Tanaka, H. (2023, April). Anthology: Dilthey as a Precursor of Gendlin.

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