「文舵」 練習問題 (その2)

ル=グイン著「文体の舵を取れ」の練習問題に対するワークです

〈 第1章 練習問題① 「文はうきうきと」 問2 〉 

一段落くらいで動きのある出来事をひとつ、もしくは強烈な感情を抱いている人物をひとり描写というお題  

A 動きひとつを描くつもりが、なんか感情の起伏みたいな感じになってしまった感じ。

(本文 )

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 ザブ志の感じた衝撃はいかばかりか。撃たれたファリ子の胸からは血液が吹き出し止まらない。部下のひとりが泣きながら傷口を抑えているがもう呼吸も鼓動も止まってる。即死だ。彼女が最後に見せた笑みを思い出し、ザブ志は、心臓の奥底から煮えたつ思いが体じゅうを駆け巡るのを感じた。見ろ、これが卑怯者だ。これこそが、卑怯者のやることだ。ライフルスコープを再生モードにし、最後にファリ子が仕組んだプロットのコードを再生する。美しい。ザブ志は声に出して言った。これまでの戦いで使われたどんなプロットよりもそれは叙情的で絵画的で美しい。ファリ子の少し掠れた歌声に似てザブ志の感情の襞をくすぐる。彼女の存在の大きさに今更ながら気づき涙が流れる。とにかく卑怯者の荒川ベアーズの侵攻を止めなくちゃならない。コードの再生が終了しザブ志は確信した。このプロットは戦いを一発で始末つけるほどのインパクトがある。そうさファリ子の仇も討たなきゃだしな。最終防衛線の千住大橋を守り抜いて、子どもたちに未来を、一筋の未来の可能性を、残してあげなきゃだし。ザブ志の両眼からはどす黒く染まった血が涙とともに流れ出している。脳に埋められた「倫理コード」とザブ志の意思が戦っているのだ。下谷方面にある荒川ベアーズのサイロの方向を、赤く染まった眼球が見据える。絶対に許すわけにはいかない。ザブ志の意思は、「倫理コード」を焼き切った。激しい頭痛。様々な種類の痛みが幾重にも押し寄せ頭蓋の奥から激しくザブ志の身体を揺さぶる。痛みの波紋は彼の全身へと広がる。顔じゅうの穴という穴から血と涙が噴き出している。ザブ志は、ファリ子の残したコードをコピーした。これをAW66プロットライフルによる通常使用ではなく、半径10キロの生き物の脳に影響するサイコ榴弾に移植する。それは「三ノ輪国際条約」に明らかに違反する。もちろんそんなことはザブ志にも解ってる。非戦闘員を含む圏内の人間、動物その半数が精神プロットの影響を受けて廃人状態に陥るだろう。ザブ志にはもはや、ここまでの反撃をさせる感情がなんなのか解らない。右手の榴弾を解放する。コードを走らせる。この時点でザブ志にもプロットのコードは浸潤し始めている。止めどない喜びの感情がザブ志を襲う。クロポトを大量に摂取したときのようなズイークな気分だ。ザブ志は、体全体を右腕と一緒にめいっぱい後ろに反らし、バネの要領で、全身の力で前方に向けて振り切る。肘から先の部分が、千住大橋を遥かに越え下谷の荒川ベアーズ本部に目掛けて飛ぶ。「見たか、これが北千住名物ロケットパンチだ!」。キーンという飛翔音。それから遠い爆発音。ファリ子のプロットが起動して世界を包み込んだ。ザブ志の脳も汚染され幸福物質がものすごい勢いで増加している。「倫理コード」を破壊した今それを止めるものは何もない。脳が焼き切れるだけだ。「勝利だ」とザブ志は叫ぶ。全身で喜びを感じている。ファリ子の歌声と笑顔が彼の頭全体に広がり、この上ない幸福感に包まれ全身を揺らしながらジャンプしていたが、とうとう大橋の欄干から隅田川へと飛び込んだ。どぶ色の水面を浮き沈みしながら腰をくねらせ激しくダンスをしているように見えるザブ志を、北千住モルモッツの部下たちは不思議そうに見ている。
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