死んだら残したいもの。
先週に引き続き法事のことを書きます。
祖父の3回忌に行った。
一周忌からもう一年も経ったのか。
時の流れは早い。
喪服が着てられないくらいにとても暖かい日だった。
妹が留学してるので、初めて法事に兄妹がいない状況で参加した。
なんとなく心細い。
一人っ子ってこんな気持ちなのかな。
緊張の中、親戚一同と再会。
待合室で待ってる30分、親戚のみんなが
「ドラマ見てるよ〜。」とか、
「サインちょうだい。」と
僕の映画のパンプレットを持ってきてくれてたり、すごく嬉しかった。
仕事を始めたての頃は、
「どうやって生計たててるの?」とか
遠い親戚のお婆さんに、
「どうして、そんな水商売、、」
みたいな事も言われて、それでも
「頑張るんで見ててください。」って
言った事を思い出した。
諦めずに続けていれば、状況は少しずつだが
よくなってくるんだな。
(こういう現象って、株と一緒じゃない?)
変なこと言ってすみません。
株やったことないです。
式が始まり、お焼香の順番が回ってきた。
去年感じた、位牌の前の結界みたいなものは感じなくて、じいちゃんが本当に成仏した事を実感した。
従兄弟の娘は3歳になり、式の間きちんと静かにしていた。偉すぎる。天才やな。
式が終わり、親戚一同でご飯を食べた。
もちろん、じいちゃんの遺影と共に。
食事中笑顔が絶えなかった。久しぶりに昼からビールをのみ、ほろ酔いになった。
僕ら一族は本当に仲がいい。
ばあちゃんが会の終わりに
じいちゃんの遺影を見て、
「この人は本当に生きてる間もこんな風に、
ニコニコしてばっかりだったわ。」
と言っていて、僕もしみじみそう思った。
そして去年は少し元気がなかったばあちゃんも、120歳まで生きると言っていた。
すかさず従姉妹が、
「そしたら私達60歳だね」と言って
皆で笑い合った。
食事も終わり、ばあちゃんの家へ行き
じいちゃんの破天荒伝説を語り合って笑った。本当にぶっ飛んだじいちゃんだった。
けど、いつも笑ってキラキラしていた。
素敵な1日だった。
死んだら何も持っていけないし、
残せないと思っていた。
でも、それは違うのかもしれない。
僕はじいちゃんみたいに、
死んだ後も笑い合ってくれる、
家族や友人を残したい。
成仏したじいちゃんは僕の中で生きている。