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企業の雇用慣行にパラダイムシフトをもたらす判決ー日経ビジネス記事より

 日経ビジネス2024/6/25の記事に「同意なき人事異動に訴訟リスク 最高裁判決が示した企業の説明責任」が出ていました。
 最高裁判所は、職種限定で働いていた従業員に対し、使用者が本人の合意なしに配置転換を命じる権利はないとする判決を下しました。この判決は、企業が一方的に異動を命じる日本型総合職の終焉を示唆するものとして注目されています。

 今回の訴訟は、社会福祉法人で約18年間、技術職として働いていた男性が、使用者の社会福祉協議会から総務課への配置転換を命じられたことをきっかけに起こされました。男性は、書面での取り交わしはなかったものの、職種を限定する合意があったと主張し、配転命令の無効と損害賠償を求めて提訴しました。

 裁判の焦点は、「黙示の職種限定合意」が認められるか否かにありました。黙示の合意とは、書面など明示的な形では合意していないものの、当事者の行動や状況から合意があったと認められるものです。本件では、男性が長年同一の部署で同じ職務に従事していたこと、専門性の高い業務を担当していたことなどから、裁判所は黙示の職種限定合意の存在を認めました。

 この判決は、労働契約法の規定を再確認するものでもあります。労働契約法では、労働者の労働条件は就業規則によるとしつつ、労働契約において労働者と使用者が就業規則の内容と異なる労働条件で合意していた部分については、就業規則よりも不利な内容でない限り、労働契約が優先するとされています。つまり、職種限定合意が労働契約書に明記されていなくても、職種限定の合意があったと認められれば、使用者は本人の同意なしに職種を変更することはできません。

 この判決を受け、企業は従業員の配置転換についてより慎重な対応が求められます。特に、ジョブ型雇用を導入している企業は、職務内容や求められるスキルを明確にし、従業員との合意形成を丁寧に行う必要があります。また、従来の総合職のような広範な職務内容を記載した労働契約書では、今後の従業員の異動に対する期待と現実との間にギャップが生じ、訴訟リスクが高まる可能性もあります。

 さらに、4月に改正された労働基準法施行規則では、雇用主による就労条件の明示義務が強化されました。これにより、企業は将来的な異動の可能性についても明示する必要があります。例えば、エリア限定採用であれば、変更の可能性のある地域を具体的に明記する必要があります。

 このような法改正や判例の変化は、企業の人材確保にも影響を与える可能性があります。近年、学生は企業への帰属意識よりも自身のキャリア形成を重視する傾向が強まっており、入社後の配属先を明確にする「職種別採用」を導入する企業が増えています。企業は、優秀な人材を確保するためにも、透明性の高い人事制度を構築し、従業員との信頼関係を築くことが重要となります。

 今回の判決は、日本企業の雇用慣行に大きな変化をもたらす可能性があります。企業は、従来の終身雇用や年功序列といった制度を見直し、個人の能力や専門性を重視した人事制度を構築していく必要があります。また、従業員とのコミュニケーションを密にし、納得感のある異動を実現することが、企業の持続的な成長にとって不可欠となるでしょう。

人事の視点からさらに考える

 人事の視点からさらに考えてみます。今回の最高裁判決は、日本企業の雇用慣行にパラダイムシフトを迫るものです。従来のメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行を加速させ、企業はより透明性が高く、従業員との信頼関係に基づいた人事制度の構築が求められます。

1.ジョブ型雇用への移行も検討する

 今回の判決は、職務内容が明確に定義されていない曖昧な雇用契約のリスクを浮き彫りにしました。企業は、各職務の責任範囲、必要なスキル、成果目標などを詳細に記載したジョブディスクリプションを作成し、これを採用活動や人事評価、昇進・昇格の基準として活用する必要があります。例えば、営業職であれば、「新規顧客開拓数」「売上目標達成率」「顧客満足度」などを具体的な数値目標として設定し、評価に反映させることが考えられます。

2.配置転換に関するルール整備

 企業は、配置転換に関するルールを明確化し、従業員に事前に説明する必要があるでしょう。例えば、就業規則に配置転換の要件(業績不振、組織改編など)、手続き(事前通知期間、異議申し立ての機会)、異動範囲(職種、勤務地)などを明記し、透明性を確保することが重要です。また、配置転換の必要性が生じた場合は、個別面談などを通じて、従業員に異動の理由や目的、今後のキャリアパスなどを丁寧に説明し、合意形成を図る努力が必要です。

3.コミュニケーションの強化

 従業員とのコミュニケーションは、信頼関係構築の基盤です。定期的な1on1ミーティングやキャリア面談を実施し、従業員の希望やキャリアプランを把握するとともに、会社の方針や事業戦略を共有し、相互理解を深めることが重要です。また、従業員満足度調査やエンゲージメントサーベイなどを活用し、従業員の意見や不満を収集し、改善に繋げることも有効です。

4.人材育成の強化

 ジョブ型雇用では、従業員の自律的なキャリア形成が重要となります。企業は、社内研修やOJT、外部セミナー受講支援など、従業員のスキルアップを支援する制度を充実させる必要があります。また、メンター制度やキャリアカウンセリングなどを導入し、従業員のキャリア開発をサポートすることも有効です。

5.労務管理体制の強化

 今回の判決は、企業の労務管理体制の重要性を改めて示すものでもあります。企業は、労働法に関する知識をこれまで以上にしっかりと習得し、コンプライアンスを徹底する必要があります。また、必要に応じて、弁護士、社会保険労務士などの専門家と連携し、就業規則の見直しや労働契約書の作成、紛争解決など、適切な労務管理体制を構築することが重要にもなるでしょう。

 今回の最高裁判決は、企業の人事制度や労務管理に大きな影響を与えるものです。しかし、この変化を前向きに捉え、新たな人事戦略を構築することで、企業はより魅力的な職場環境を実現し、優秀な人材を惹きつけ、育成することができるでしょう。これまでのように、「企業の都合で」というのはなかなか難しくなってくるものと思われます。

最高裁判決を受けた雇用慣行のパラダイムシフトを表現しています。中心には透明性、信頼、コミュニケーションをテーマにしています。マネージャーと従業員が具体的な目標を含む職務記述書を話し合うシーン、詳細な配置転換ルールの会議、一対一のキャリアディスカッション、研修セッションに参加する従業員、労働法を専門家と確認するコンプライアンスオフィサーのシーンが含まれています。全体的にポジティブで協力的な雰囲気です。


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