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発言することで痛みを軽減ー心身の慢性的な痛み対策と認知行動療法の活用ー日経ビジネス記事ー篠原菊紀さん

 日経ビジネス2024/05/15の記事に『心身の慢性的な痛みは我慢しない 「言葉に出す」「叫ぶ」』が掲載されていました。この記事では、脳科学の観点から、公立諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授により、慢性的な身体と心の痛みを軽減するための方法について詳しく解説されていました。ポイントと人事視点からの考察をまとめてみたいと思います。

脳の反応と痛みのマスキング

 痛みが体のセンサーで感知されると、痛みの信号は脳に伝わり、ドーパミンが放出されます。このドーパミンの作用により、通常はオピオイドやセロトニンといった神経伝達物質が増加し、過剰な痛みがマスキング(覆い隠される)されます。しかし、痛みに集中しすぎると、このマスキング作用が働きにくくなり、慢性的な痛みを引き起こす可能性があるとのことです。

認知行動療法の効果

 痛みの治療においては、薬物治療に加えて、認知行動療法が重要な役割を果たします。認知行動療法では、患者の痛みに対する認知(考え方や信念)を評価し、痛みに対する恐怖や過度の心配といったネガティブな思考を現実的で前向きな思考に置き換えることを目指します。さらに、痛みに対する回避行動や活動の制限を減らし、深呼吸や筋弛緩法、マインドフルネスなどを活用してストレスをコントロールし、自分自身で痛みを管理する能力を高めることが含まれます。

言葉の力と痛みの軽減

 痛みを我慢することは逆効果であることが多く、痛みを軽減するためには言葉に出して表現することが有効です。例えば、「チクショー」などの罵り言葉を発することで、痛みが軽減されることがあります。これは、痛みに対する興奮が痛みを忘れさせるためです。英国キール大学の研究では、冷水に手を浸ける実験で、罵り言葉を発したグループが痛みに対する耐性が高まり、痛みの感覚が軽減されたことが示されています。罵り言葉を発することで、脈拍が上昇し、興奮状態が痛みを緩和する効果があると考えられています。

心の痛みへの対処

 心の痛みについても、同様に言葉に出して表現することが有効です。ニュージーランドのマッセー大学の研究では、過去に仲間はずれにされた経験を思い出させた上で、口汚く罵ることで心の痛みが軽減されることが示されています。心の痛みも身体の痛みと同様に脳内で処理されているため、罵り言葉を発することで痛みが軽減される可能性があります。

痛みの伝え方

 痛みを他人に伝える際には、具体的な尺度を用いることが効果的です。例えば、「痛みの最大値を10とすると、今の痛みは7くらいです」と具体的に伝えることで、医療者も対応しやすくなります。また、自分自身も痛みの程度を客観的に評価できるようになるため、痛みの管理がしやすくなります。

 全体として、痛みを我慢せずに言葉に出して表現することや、認知行動療法を活用することが身体と心の痛みの緩和に重要であると強調しています。痛みの感じ方には主観的な要素が大きく影響するため、痛みを大事に受け止め、その捉え方を見直すことが効果的であると述べています。

人事の視点から考えること

 痛みの認知と処理に関する篠原教授の解説からの学びは、人事管理の観点から見ても、職場での従業員の心身の健康管理とパフォーマンス向上に対する新たなアプローチを提供します。
 特に、認知行動療法(CBT)の取り入れは、従業員が抱えるストレスや痛みの認識と対処方法を変えることで、職場全体の生産性と満足度を向上させる効果が期待できます。

痛みの認知と職場での意識改革

 痛みの感じ方は、その人の認知の仕方に大きく依存しています。篠原教授によると、痛みをどう感じ、どう反応するかは個人差が大きく、これが慢性的な痛みに繋がりやすいとされています。この原理を職場に応用することで、従業員が日常的に感じるストレスや不快感を痛みとして認識することを改善し、より健康的で効率的な職場環境を実現することが可能です。具体的には、過度のストレスや身体的な負担が痛みとして表れないよう、労働条件の見直しや、適切な休憩時間の確保、職場内のコミュニケーション改善策の導入が有効です。

職場における認知行動療法の実施

 認知行動療法は、個人の思考や行動パターンに焦点を当て、不健康なものを健康的なものに変える心理療法の一種です。篠原教授が示したように、痛みの感じ方を変えることで痛み自体が軽減されることがあります。この技術を職場に導入することで、従業員は自身のストレスや痛みの原因となる要因に対する認識を改め、より建設的な解決策を見出すことができるようになります。たとえば、職場の小さな不満や不安からくる心理的ストレスを正しく理解し、それに対処する方法を学ぶことが、全体の職場環境改善につながります。

パフォーマンスマネジメントと痛みの認知

 従業員のパフォーマンスを評価し、管理するプロセスにおいても、痛みの認識は重要な要素です。篠原教授によれば、痛みを適切に管理し、認識することができれば、従業員の職務実行能力にプラスの効果をもたらす可能性があります。これには、従業員が自分自身の身体や精神の状態を正確に理解し、適切な対処ができるよう支援することが含まれます。例えば、定期的な健康診断、ストレス管理のワークショップ、リラクゼーションやマインドフルネスのトレーニングを提供することで、従業員は自分の健康を自己管理するスキルを向上させることができます。

総合的なウェルネスプログラムの重要性

 企業が従業員の全体的なウェルネスをサポートすることは、職場の雰囲気や文化を改善し、組織全体の効率を高めるために不可欠です。心理的、身体的な痛みの管理を含む包括的なウェルネスプログラムを導入することで、従業員は自分自身の状態をよりよく理解し、必要な支援を受けることができます。これにより、従業員はより健康的で、満足度の高い職場環境で働くことが可能となり、結果として企業の生産性が向上します。

まとめ

 篠原教授の示唆に富んだ研究は、職場における健康管理とパフォーマンス向上のための新たなアプローチを提供します。認知行動療法を職場環境に適用することで、従業員一人ひとりが自身の痛みをより良く理解し、健康的な方法で対処することが可能となり、結果として職場全体の生産性と満足度が向上します。これは、人事としてもが従業員の福利厚生と労働環境の改善に積極的に取り組む上で、非常に重要な知見といえるでしょう。考え方のヒントとして、大変参考になる記事でした。

脳が痛みをマスキングするプロセスを視覚的に表現しています。痛みの信号に反応してドーパミンが放出される様子が描かれており、オピオイドやセロトニンといった神経伝達物質が増加して過剰な痛みを軽減するプロセスも表現されています。柔らかく穏やかな画風と淡い色彩が、教育的で平和な雰囲気を強調しています。


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