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【書籍】フィードバックの力ー部下のモチベーションを引き出す方法ー『フィードバック入門』(中原淳氏)

 中原淳著『フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術』(2017年、PHP研究所)を取り上げます。特に忙しいマネジャーを対象に、部下育成にとっても重要なプロセスでもあるフィードバックの技術を詳細に解説しています。以下に、本書の内容を確認・考察してみます。

 フィードバックとは、部下の成長を促すために行うもので、問題行動の改善と成長を目的とした「情報通知」と「立て直し」の2つの要素から成り立ちます。

 日本ではこのフィードバックが軽視されてきた背景には、終身雇用や年功序列といった日本企業特有の環境や制度に加え、2000年代に広まったコーチングの影響が考えられます。終身雇用や年功序列が根付いていた時代は、企業が特に意識しなくても、長期雇用、年功序列、タイトな職場関係という3つの条件が揃っていたため、自然と人が育つ環境ができていました。長期雇用は、失敗を恐れずに挑戦できる環境を提供し、年功序列は明確なキャリアパスを示すことで部下のモチベーションを高め、タイトな職場関係は、上司や先輩の仕事ぶりを間近で観察し学ぶ機会を与えていました。

 しかし、バブル崩壊以降、これらの条件が崩れ、職場環境や雇用形態も大きく変化したことで、以前のように人が育ちにくい環境となってしまいました。早期退職制度の導入や成果主義への移行により、長期雇用や年功序列が崩壊し、組織のフラット化が進んだことで、上司と部下の接点も減り、タイトな職場関係も失われてしまいました。

 現代においては、職場環境や雇用形態の変化により、以前のように人が育ちにくい環境となっており、企業は改めて部下育成について真剣に取り組む必要に迫られています。マネージャーは、プレーヤーとして成果を出すと同時に、多様な部下を育成するという難しい課題を抱えています。若手社員とのコミュニケーションの難しさや、年上の部下、外国籍の部下、非正規雇用の部下など、多様なバックグラウンドを持つ部下への対応は、マネージャーにとって大きな負担となっています。

 本書では、このような状況下で効果的なフィードバックを行うための具体的な方法について解説しています。効果的なフィードバックを行うには、まず日頃から部下の行動を観察し、SBI情報を収集しておくことが大切です。SBI情報とは、Situation(どのような状況で)、Behavior(どんな行動をしたか)、Impact(どんな影響があったか)の3つの要素のことです。具体的な状況、行動、影響を把握することで、フィードバックの精度を高めることができます。

 フィードバックの際には、信頼関係を築いた上で、収集したSBI情報を基に、具体的な行動やその影響について客観的に伝えます。「あなたの行動は、このように見えるけれど、どう思う?」といったように、一方的に決めつけるのではなく、部下の意見を聞く姿勢を持つことも重要です。

 その後、部下と対話を通じて現状と目標のギャップを認識させ、共に振り返りを行い、今後の行動計画を立てます。この際、部下が自分の言葉で語れるように、適切な質問を投げかけることが重要です。「なぜこのような行動をとったのか」「どうすれば改善できると思うか」といった質問を通して、部下自身に考えさせ、主体的に行動変容を促すことが大切です。

 フィードバック後には、定期的なフォローアップを行い、部下の成長をサポートしていくことも忘れてはなりません。フィードバックは一度きりで終わらせるのではなく、継続的に行うことで、部下の成長を促し、より良い結果へと導くことができます。

 また、フィードバックを行う際には、いくつかの注意点があります。まず、フィードバックは、部下の成長を願う気持ちと、相手の意志を尊重する態度を持って行う必要があります。感情的になったり、一方的に非難したりするようなことは避けなければなりません。また、フィードバックの内容を記録しておくことも重要です。記録することで、フィードバックの内容を振り返ったり、部下の成長を確認したりすることができます。

フィードバックの効果を高めるポイント

 さらに、フィードバックの効果を高めるためには、いくつかのポイントがあります。

  • フィードバックのタイミング
     「即時フィードバック」が効果的です。問題行動が起こったらすぐにフィードバックを行うことで、部下の記憶が鮮明なうちに改善点を指摘することができます。また、「移行期」もフィードバックのチャンスです。新しい仕事や役割に変わるタイミングでフィードバックを行うことで、部下の成長を促すことができます。

  • フィードバックの伝え方
     SBI情報を具体的に伝えることが重要です。また、「私には、あなたの行動は〇〇のように見えるけれど、どう思う?」といったように、客観的な視点で伝えることも大切です。

  • 部下の反応を見る
     フィードバックに対する部下の反応を注意深く観察し、理解度を確認しましょう。部下が納得していない場合は、対話を重ねて理解を深めることが必要です。

  • 部下の立て直しをサポート
     フィードバックは、部下の問題点を指摘するだけでなく、改善策を一緒に考えることが重要です。部下が主体的に行動変容できるよう、サポートしていきましょう。

  • 再発予防策を立てる
     フィードバック後も定期的なフォローアップを行い、再発防止策を一緒に考えることで、部下の成長を促すことができます。

 フィードバックは、部下の成長を促すだけでなく、組織全体の活性化にもつながるものです。しかし、どんなに準備万端でフィードバックを行っても、効果が出ない場合もあります。部下が変わる気がない場合は、配置転換や異動など、環境を変えることも検討する必要があります。

 フィードバックは、個人だけでなく組織全体で取り組むべき課題です。経営者や人事責任者は、フィードバックしやすい環境を整え、マネジャーをサポートしていく必要があります。たとえば、1on1ミーティングを定期的に実施する、フィードバックに関する研修を行う、などの取り組みが有効です。

 本書では、その他にも、さまざまなタイプの部下への効果的なフィードバック方法、フィードバックを受ける側の心構えについても解説しています。フィードバックは、マネジャーの成長にとっても重要なものです。ぜひ本書で紹介されているノウハウを参考に、フィードバックを活用し、組織全体の成長を目指してみてください。

人事の視点から考えること

 本書は、人材開発の専門家である大学教員が、マネージャー向けにフィードバックの技術を解説したものです。ここでは、この本の内容を参考に、人事の視点から考慮すべき点をいくつか紹介します。

  1. フィードバック研修の導入と継続的な実施
     本書で解説されているフィードバックは、従来の日本の企業ではあまり重視されてこなかったものです。そのため、マネジャーがフィードバックを効果的に行えるように、フィードバックに関する研修を導入することが有効です。研修では、SBI情報(Situation:状況、Behavior:行動、Impact:影響)に基づいた具体的なフィードバック方法や、傾聴、承認、質問といったコミュニケーションスキルを身につけさせ、適切なフィードバックができるように育成することが重要です。
     また、フィードバックは一度の研修で習得できるものではなく、継続的な学習と実践が必要です。定期的なフォローアップ研修や、フィードバック事例の共有会などを開催し、マネジャーがフィードバックスキルを向上させ続けられるような環境を整備することが重要です。

  2. 1on1ミーティングの推奨と定着化
     定期的な1on1ミーティングを推奨し、そのための時間確保を支援することも人事の役割です。1on1ミーティングは、マネジャーが部下の状況を把握し、信頼関係を構築するための有効な手段です。しかし、多忙なマネジャーにとって、1on1ミーティングの時間を確保することは難しい場合があります。
     そこで、人事としては、1on1ミーティングの重要性を社内に周知徹底し、会議や業務のスケジュール調整を支援するなど、マネジャーが1on1ミーティングを実施しやすい環境を整えることが重要です。また、1on1ミーティングのテンプレートやFAQなどを用意し、マネジャーが安心して1on1ミーティングを実施できるようにサポートすることも有効です。

  3. 多様な人材に対応できるフィードバックの体制構築
     現代の職場は、年齢、性別、国籍、雇用形態など、多様な人材で構成されています。人事としては、それぞれのバックグラウンドを持つ人材に合わせたフィードバックの方法をマネジャーに指導する必要があります。たとえば、外国籍の社員に対しては、文化的な背景を理解した上で、日本のビジネス習慣などを丁寧に説明する必要があるでしょう。
     また、ハラスメント防止の観点からも、適切なフィードバックを行うためのガイドラインを策定し、マネジャーに周知徹底することが重要です。さらに、ダイバーシティ研修などを実施し、多様な人材に対する理解を深めることも有効です。

  4. フィードバックを組織文化として根付かせるための環境整備
     フィードバックが一部のマネジャーのみが行うものではなく、組織全体に浸透するよう、文化として根付かせることが重要です。そのためには、経営層が率先してフィードバックを行い、その重要性を社内に発信していくことが必要です。
     また、人事評価制度にフィードバックを組み込み、評価の対象とすることも有効です。さらに、フィードバックに関する成功事例を社内で共有したり、表彰制度を設けたりすることで、フィードバックを奨励する文化を醸成することができます。

  5. フィードバックの効果測定と継続的な改善
     フィードバックが実際に効果を上げているかどうかを測定し、その結果を基に改善していくことも重要です。アンケートや面談などを通じて、フィードバックを受けた部下の意見を収集し、フィードバックの方法や内容を見直すことで、より効果的なフィードバックへと進化させることができます。
     また、フィードバックの効果測定は、定量的な指標だけでなく、定性的な指標も活用することが重要です。部下のエンゲージメントやモチベーションの変化、チーム全体の雰囲気の変化など、多角的な視点からフィードバックの効果を評価することで、より深い理解を得ることができます。

 これらの取り組みを通じて、人事としても、組織全体のフィードバック能力を高め、人材育成と業績向上に貢献することができるでしょう。

 効果的なフィードバックの技術を視覚的に表現しています。中央には、マネージャーが部下にフィードバックを行っている場面が描かれています。ホワイトボードには「SBI情報(Situation, Behavior, Impact)」が書かれており、具体的な例が示されています。背景には、他の従業員が1on1ミーティングやフィードバック技術の研修に参加している様子が見えます。全体的に、職場が活気に満ちており、従業員が成長している姿が描かれています。

 効果的なフィードバックが職場全体の活性化につながることを視覚的に伝えています。柔らかい画風が、フィードバックの重要性とそのポジティブな影響を強調しています。

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