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漂泊幾花 【ふじ色の旅立ちP2 前夜】

Scene1 約束 

 早いもので、咲が僕の「後輩」になって、一年以上が経った。
街にはチンチョウゲの花がそこはかとなく香を醸し出していた。

 一講目の終わりに、咲が学内の軽食喫茶にこいという電話をよこした。
折り入って話があるという。僕自身、ほとんど講義がつまってなかったので、早めにそこへ行った。

 咲はまだ来てはいなかった。一講目が終わるのが十時だったから、当然まだ咲は講義室にいるはずだった。僕は伸びきったようなスパゲッティを頼み、外側に向けられたカウンターで、八号館から出てくる学生の姿を追った。

 向こうにデニムのマキシー姿の咲を見つけた。
咲はすばやく僕を見つけると大きく手を振ってこちらに走りよってきた。

「やられたーー、先輩、ずるいぞ。」
咲は小さく僕をこづいた。

「何がやられたのさ?」
「だって、あたしのポリシーなんだぞ、絶対待ち合わせにはあたしが先に着くってのは・・・・。」
「そんなポリシーがあったんだ。」
「そうよ!講義の最中にもう来てるなんて絶対フェアじゃないわよ。」
「そんなつもりはなかったんだけれどな・・・。」
「でも、や!」
咲はぷいっとむくれた。

「まぁ、もう大学生なんだからいいじゃないか。」
「知らない!先輩のばーーか。」

 何で、そんなにむくれるのか僕には理解しかねていた。
しかし、そんな理由で咲が不機嫌なのではなかったようなのは感じてとれた。

「公園に行かないか?」
「・・・・いいわよ、ここよりはマシかも。」
僕らは隣接する駒沢公園に向かった。咲は最前から何か言いかけては押し殺す動作を繰り返していた。
「先輩・・・次の講義は何講目なの?」
「四講目だ・・・今日はそれだけの日・・・。」
「いいなぁ、あたしなんか、空いてるの次だけだよ。今日なんか五講目まであるんだから。」
「なんだ、終わりは六時か・・・。まぁ、教養課程はしかたがないよ。今日はデートは無理だね。」

「あのさ・・・今日、先輩の部屋いえに泊まっていい?」
「え・・・?」

 意外な言葉だった。
「・・・それはいいけど、先生には・・・?」
「秘密に決まってるわ。お父さんそんなに理解ないわよ。」
「今日はまじめな言いぐさだな。」
「なによー、いつもはマジメじゃないの?」
「いつもからかわれてばかりいるからなぁ。」
「先輩のばーーか!」
咲はむくれた。

「せっかく耕作さんに話があったのに・・・。」
「え・・・?」
咲が微妙に僕への呼び方を変えた。
僕は、そこで咲が何か大きな事を僕に訴えかけるような予感がしていた。
 僕らは野外音楽堂の一角に腰掛けた。ステージでは学生らしい若者がギターを弾き、何かを歌っていた。吉田拓郎の歌のようだった。
「先輩の方がうまいな・・・。」
咲はぼそっと言った。
「話って・・・今日泊まりたいって事?」
「ううん、それだけじゃない。今夜話すわ・・・・。じゃあ!またね、待っててね。あたし、講義行く。」

 咲はそう言い残すとさっさと校舎に向かって走り去っていった。僕は、何だか狐につままれたような気分だったが、咲のいつもの行動はこんな感じだったから、さほど気にも留めずに放っておいた。

(そういえば、純との約束があったな・・・)
 ここ一年、純はやたらと上京していた。そうしてはなぜかうちの大学の自治会に入り浸っては、成田に通っていた。この一年、兎に角「仲間」に僕を引き合わせたく、とうとうあう約束をさせられていたのだ。
はっきり言って気乗りのしない約束ではあったが、僕は自治会のある二号館に向かった。
大学の中でも、二号館は戦前にたてられたという、古い建物だった。その中の一角に看板がいくつも立てられている部屋があった。
「現代政治研究会」という看板があった。

(ここだな・・・。)
自治会という看板が同列に立てられていたからわかったが、僕としては何となく敷居の高い部屋であった。
中にはいるともうもうとしたタバコの煙が立ちこめてきた。中に長髪の薄汚い身なりの学生がけんけんがくがく何か論争しているのがわかった。その中の一人に純がいた。
「耕作ぅ・・・・。」
純は話の腰を折って僕の方に歩み寄ってきた。
「よくきたな。」
「おまえ・・・本当にうちの学生みたいにしているなぁ。」
僕は苦笑した。よく考えたら、ここにいる純はうちの大学にとってはニセ学生だからだ。
「咲さんは元気か?」
「元気だよ。」
「そうだべーー・・・さっき見かけた。」
「あ・・・?」
純はにやにや笑いながらそう言った。
「おまえ、手を出したらただじゃおかねぇからな。」
僕は笑いながら純を小突いていった。
「大丈夫だ、声かけたら、(何でまだいるんですか?)って、あっさりしたもんだった。」
「で、話というのは・・・?」
三里塚なりたのことだ。」
「ああ・・その事か・・。」

「来月早朝、京成成田駅の東側に広場がある。そこから山を突っ切って現地に行く。そこで、現地の活動グループと合流して行動を起こすんだ。」
「ずいぶん急だな。」
「知ってるだろう、来月末は一部開港をする日だ、それを阻止する。お前の力が必要だ。みんなに紹介する。」他学の学生であるはずの純に、同じ大学の学生に対して紹介されるのは何となく変な感じであったが、その訳がわかった。ここの部屋には、自治会と称しているが半分しかうちの大学の学生がいなかった。
つまり、ある学生組織セクトの支部とされていたのだった。

(どういうことだ・・・?)

僕はA大学の学生だと言う黒縁メガネの男に話しかけられた。
「君は体育会なのか?、なぜ学生服を着ている?」
「察しの通りだ、俺は柔道部所属。体育会だ。」
「即刻体制側の人間から離れるべきだ。体育会を抜けたまえ。」
「なぜ、体育会が体制側なんだ?」
「権力の犬だろう体育会は、だいたい封建的な体質を持っているじゃないか。」
「それだけで決めつけるのは偏見じゃないのか?」

 僕は、少しむっと来てむきになっていた。純が間に入った。
「まぁまぁ・・・、こいつにとって柔道は昔からの習慣みたいなもんなんだ。それより、体育会である柴田耕作君がわれわれの革命の第一歩に、武力的な側面から協力してくれると言うんだ、文句はなしだぜ。」
「わかった、だが、その学ランは嫌いだ、今後その服は着てこないでもらいたいな。」
 僕は、そんなに学生服に執着があるわけでもなかったから、ああ、わかった。とだけ答えた。それよりも、この中の空気の違和感がたまらなく感じられて、僕は純に、集合の詳細だけ聞いて帰ることにした。
「耕作、今日、お前の所に何人か連れていっていいか?」
純はそう切り出した。
「今日はまずい・・・アルバイトだ。今日はさけてくれ。」

 咲が来ることを告げれば、必ず純は来るはずだったので方便を使った。僕は、きわめて不快な気持ちでその部屋をあとにした。僕の心には(やってみてから批判しろ)と言う言葉のみしかなかった。単なる意地だったのかも知れなかった。

つづく

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