鰻は神からの贈り物。
あ。バッグを開けると財布が無い。
落としたか、はたまた掏られたか。
困る。これは切実に困る。
佐藤は今日、帰省することになっていた。
佐藤の経営する飲食店が、新型コロナウイルス蔓延による影響で資金繰りに行き詰まり、倒産したのは去年の暮れのこと。
自己破産が認められた今は、日雇いでガードマン等のアルバイトをしている。
最初は慣れない仕事で肉体的には大変ではあったが、自己破産前に比べると精神的にはだいぶ楽になった。
毎日毎日金策に明け暮れ、最終的には怪しいノンバンクにも手を出してしまい、以来返済のことばかりが頭をよぎり、心の底から笑うことなどついぞ忘れたような日々だった。
スーサイドも頭を過ったことがあるが、今にして思えば、あの時死ななくて良かったと心から思える。何の責任も無いフリーター、最高。
そして先日。パチンコで負け、週末のG1レースにて取り返そうと競馬新聞を熟読していたところ、故郷に住む父親から電話があり、母親が癌で入院することになったと知らされる。
とそのような経緯で、佐藤は急遽故郷に帰ることになったのだ。
少ないが全財産の入った財布をバッグに入れたところまでは覚えているが、駅で新幹線のチケットを買おうとバッグを開けると、そこに入っていたはずのそれが無い。ポケットや裏地やどこを探しても無い。無いものは無い。
う~む。これは辛いが仕方ない。もう一日、日雇いの仕事に出るしかないか。佐藤は独り言ち、派遣会社に電話を入れる。
幸い翌日に自宅から割と近くの現場に入れることになり、ひとまず安堵した。うちから近いと交通費もかからないしね。
さて、そうなると困るのは本日の食費である。
ちなみに今は昼。佐藤は昨日の晩から何も食べていなかった。
カレンダーを見ると今日は土用の丑の日。丑の日と言えば社会通念上、鰻である。
気づいてしまうと鰻が食べたくなるのは人間の業。肝吸いも付けたいよね。いいよね、肝吸い。佐藤の鰻食べたいメーターがレッドゾーンに振り切れる。
腹が減った。腹が減りすぎて踊りたくなったが、無駄なカロリーの消費を抑える為に、そこはグッと我慢する佐藤なのであった。
ご飯―叶うことなら鰻―を食べ、ヒットポイントを回復し、明日一日現場で稼ぎ、明後日には田舎に帰る。というのが理想のパターンだ。
何かお金と捻出する方法は無いものか。消費者金融は自己破産しているから使えないし、気の置けない友だちもいない。父も母の入院に纏わる諸々で大変だろう。そもそもそんな金があれば今すぐ新幹線に乗るのだが。
何はさておき腹が減った。小銭でもいいからどうにかならないものだろうか。佐藤は思案にあけくれた。ふと気が付くと、スマホのケースに銀行のキャッシュカードが入っていた。
いくらも入っていないはずだが、数百円はあるだろう。これでおにぎりかなんか買うか。
佐藤はコンビニのキャッシュディスペンサーにカードを入れ、残高照会をした。
すると、そこに表示されたのは、4000万円を超える残高だった。
おっと、何の金だろう。こ、これはまさかこないだニュースにもなった誤振込ってやつか。否。これは日ごろ頑張っている自分への神からの贈り物だ。佐藤は自分に都合よく解釈すると、さっそくそこから20万円をおろし、うなぎ屋の暖簾をくぐるのであった。
了
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