ナルセのワンペダル

高齢者暴走事故対策の決め手かも

 高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違いによるとみられる事故が相次いでいる。事故を防ぐ対策として自動停止装置の装着などが挙げられているが、これから販売されるクルマはともかくとして、今現在高齢者が使用している車両の安全性を高めるのが喫緊の課題だろう。
 その意味で6月15日のNHKの朝番組で取り上げられていた「ナルセのワンペダル」は現時点においては最も現実的な解決策のように見える。少なくとも、これを装着するだけで事故件数が激減することは確かだろう。

 この装置は「コロンブスの卵」のようなアイデアで、アクセルもブレーキも「足で踏む」という動作を「ブレーキは踏む(今まで通り)」「アクセルはひねる」と違う動作に変換するものである。


この装置は以下の点でシステムとして非常に優れている。

① アクセル・ブレーキの操作ミスの激減が期待でき、誤操作時も安全
ー Effectiveness、- Fail Safe
② 非常にシンプルで電子的なギミックを一切使っておらず、
 既存のほとんどの車種に後付けで装着可能である
ー Simple is Best、ー Backward Compatibility
③ ユーザーの費用負担が少なく、簡単な練習で習熟可能である
ー Affordable、- Easy to Train

① 誤操作の激減可能性と誤操作時の安全性
(Effectiveness, Fail Safe)

 暴走事故を起こした人のほとんどは「ブレーキが効かなかった」と言っていることから、ブレーキを踏んでいる『つもり』でアクセルを踏んでいたものと考えられる。これはアクセルもブレーキも右足で『踏む』という同じ動作で操作することが大きな原因になっているはずである。「ナルセのワンペダル」では「アクセルは足首をひねる」「ブレーキは踏み込む」という別の動作になっている。ブレーキを「踏んだつもり」が実はアクセルを踏んでいたということは大いにありそうだが、「踏んだつもり」で足首をひねることはまず考えられないだろう。
 アクセルとブレーキの操作における動作が異なる例としてオートバイがある。オートバイやスクーターでは、このワンペダルと同様に「アクセルは手首をひねる」、「ブレーキは握る(後輪は踏む)」というように動作が分れている。筆者自身オートバイに乗っているがブレーキとアクセルを取り違えて操作してしまう可能性の少なさは自動車の比ではないと感じる。

 万が一、操作を間違えた場合でも、人間工学的な動作の容易性から「間違ってブレーキを踏んでしまう」ことはあっても「間違ってアクセルをひねってしまう」ことは極めて少ないと考えられる。すなわち、システム自体がFail Safeになっていることも評価できる。

② システムがシンプルで既存の車種にも適用可能
(Simple is Best、Backward Compatibility)

 同じ目的を持つシステムが何種類かある場合には、一般的に最もシンプルなシステムが最も優れている場合が多い。安全に関係しているシステムではなおさらである。一見優れているように見える複雑なシステムは、実際に使用して見ると動作の安定性、機能の検証、故障がないことの確認、修理の難しさ、価格等の別の課題を抱えていることが多く、トータルで見ると実用性で劣る場合が少なくない。このシステムは極めてシンプルである点が非常に高く評価できると思う。
 さらに、システムを適用するために新規にクルマを購入する必要がなく、ほとんどの既存の車種に簡単に後付け可能である点も評価できる。これは自動車の需要を増やさない点で自動車産業のビジネス性からは嬉しくないハナシかも知れない。しかし、今の社会状況は自動車産業の都合よりも、この時点で高齢者が乗っているクルマの安全性を高めることが優先されるべきことは明らかである。

③ 廉価であり、習熟も簡単
(Affordable、Easy to Train)

構造がシンプルで、改造も最小、しかも今乗っているクルマにこれを装着しても車検の問題もない。高齢者も車がなくては生活できないような地域では自治体が補助して装着することも可能な程度の価格ではないかと思われる。
 また、クルマが運転できる人なら、足首に障害のある人以外は操作の習熟にほとんど時間を要さないものと考えられる。

まとめ

「Effectiveness」、「Fail Safe」、「Simple is Best」、「Backward Compatibility」、「Affordable」、「Easy to Train」は一般に使用されるシステムが備えるべき最も重要な要件である。「ナルセのワンペダル」はこれらの要件のすべてを理想的な形で実現しているように見える。
 以上のような点を考慮すると、「ナルセのワンペダル」は現時点で実用的な「高齢者の車両の暴走対策システム」として最右翼に位置するものではないだろうか。
 自動車メーカーは今すぐ可能な限りの車種のオプションとして取り上げるべきだと思える。高齢者には定期点検や車検時に装着を薦めるだけでも将来的な暴走事故の削減に相当程度寄与するのではないだろうか。
 半世紀前に比較して公共交通が衰退した現在、単純に高齢者に免許を返納せよというのは高齢者の生活への自動車の必要性を無視した一面的で酷な要請となる場合もある。高齢者でも安心して運転できる安価なメカニズムの普及ももう一つの重要な施策ではないだろうか。

追記 高齢ドライバー事故防止へ 東京都が装置費用9割補助とニュースがある。小池知事が視察した装置は大変有効な装置だと思うが、ひとつだけ確認しておきたい点もある。それは、この装置は電子回路でアクセルの制御量を調節しているようだが、このようなアクティブな回路を内蔵した装置の場合、装置自身の信頼性、故障検出の方法、万が一故障した時の故障モードの評価は誰がどのように行ったものかについての情報についてである。ちゃんと検証された装置だろうとは思うが、効果ばかりが報道されてその信頼性に関する報道がない点については、システム屋の眼から見ると報道の姿勢がやや一面的ではないかと思う。


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