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豊後牛のタロちゃん

これは、昨年の久住の調査の時に泊まった温泉宿の女将おかみさんから聞いた、暖かくも切ない話です。

豊後牛ぶんごぎゅうというのは、大分県で生産される黒毛和種の和牛と、その牛肉のことを指します。豊後牛の商標は2007年、地域団体商標として登録されているそうです。私の郷里は大分県ですので、実家に帰った時には焼き肉やステーキなどを食べさせてもらったことがあります。

昨年の最初の久住くじゅう調査の時には、九重ここのえ町の筋湯温泉に宿泊しました。ここは、川沿いに温泉宿が並ぶひなびた温泉地です。我々の探査グループは、メインの温泉地からは少しな晴れた温泉宿に宿泊しました。

ここの女将さん、といっても高齢のお婆ちゃんですが、チャキチャキしていて話し上手でした。食事の時には、面白い話を色々と聞かせてくれました。そのなかでも印象深かったのが「ウシのタロちゃん」の話です。

女将さんがまだ若かった頃、近隣の農家では当り前のように牛を飼っていました。女将さんの家でも数頭の牛を飼っていたそうです。あるとき、母牛が出産しましたが、難産だったため仔牛を生んだ後に母牛は亡くなってしまったそうです。母牛が亡くなったこともあり、仔牛を育てるため、女将さんたちが仔牛の面倒を見ることになったそうです。今でも、北海道などの牧場では、孔子の世話をするのは女性が多いそうです。

女将さん一家は、その仔牛をタロちゃんと呼んで、大事に育てたそうです。さらに、病気にならないようにと、少し離れた場所にある畜産試験場にも何度も通っていたそうです。畜産試験場にタロちゃんを預けた何回目かの時に、畜産試験場から「タロちゃんに会いに来て下さい」を電話がかかったそうです。

女将さんたちが畜産試験場に着くと、タロちゃんは肉の姿になっていました。タロちゃんには、”A5ランク”と書かれた紙が貼られていたそうです。食肉用の牛なので、結末はこうなることがわかっているのですが、何とも切ない話です。高ランクの牛肉になったのが、せめてもの救いでしょう。

通常、畜産農家では”タロちゃん”のような、個体識別名は付けません。もし名前や愛称をつけてしまえば、最後のお別れが悲しくなるからです。この話を聞いた後、牛肉を見るたびに”タロちゃん”の話が頭に浮かびます。

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