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介護士の職業倫理を貫こう

田中ひではる

 介護士の職業倫理(行動規範)で大事なこと。
それは「自己決定を最大限尊重する」。以上!で終わってもいいくらいなんだけど、今の状況も踏まえて説明したい。
ちなみに医師だと「命を救う、痛みを和らげる」。教職員だと「人は誰もが成長すると信じて教育する」。だったと思う。


 今うちの会社のご利用者で余命が長くないのではないか…と医師から診断を受けた人がいる。
もちろん昨日今日知ったことではないけど、その時が近付いているんだなと思う。今の医学や科学では例外なく誰だっていつかは死ぬのだ。

 その人とは数年間のお付き合いがあるけど、出かけることが好きで、ディズニーが好きで、韓国ドラマが好きで、お洒落に気遣い、人と話すことが好きで、甘いものが好き。ごく普通の女性だ。生涯寝たきりであるということ以外は。
「蚊が止まっても手で払うこともできんのんよ!」と笑いながら話してくれたことを夏に蚊に刺されると思い出す。
 僕には疑似体験をすることもできない。

 その人は医療機関にかかりある程度病状は把握しているけど、経管栄養や体にメスを入れるような延命行為は望んでいない。流れに任せて死にたいと願っている。
 医師の職業倫理は「患者の命を救う、痛みを和らげる」なので、その使命に従った意見を言う、その人の担当医も例外なくそう言っている。
 もちろん看護師もその医師の意見に沿った仕事を行う。
では介護士はどうすればいいのだろう?

 医師の意見だけを聞く?介護職の職業倫理を貫いてご本人の「自己決定を最大限尊重する」?答えはグレーだと思う。

 ご本人は今まで通り、どこかに出かけたり美味しいものを食べたいと願っている。もちろん以前ほど食べれなくなっているのだけどそれを叶えるのが介護士だ。
 その介護士だって急変の不安もあるし、他の介護職や医療職と意見の対立はあっても敵対する気は毛頭ない。

 しかしその不安を払拭するために学んで関係機関に説明してご本人の「自己決定を最大限尊重する」。徹頭徹尾これに徹するのだ。だって僕たちはそのように教育はされたのだから。

 誰だってどう生きたいかと同時に、どう死にたいかを主張する権利がある。それを医療職や介護職など立場によって"受け入れられない"と捉えることもあるだろう。それぞれ受けてきた教育が違うから。
 でも大事なのは、当事者(患者)にとっての医療や介護であること。働き手の都合は一切なしだ。

 それでも誰もがそうであるように死期は待ってくれない。その人は今も忘れ得ぬ人を思い浮かべながら部屋の天井を見ているだろう。


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