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クリニックの就業規則

就業規則は「クリニック内の法律」

「就業規則」という漢字4文字を眺めたとき、頭に思い浮かぶのはどんなイメージでしょうか? 現在勤務医としてお勤めになっている先生の中には、「日々汗を流し働いている医師やスタッフを縛りつけるための戒律」というような印象をお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。その反動から「開業医となった暁には規則のない自由なクリニックを作ろう!」とまで決意している方もいるのではないでしょうか。しかし就業規則に従うのは、何も雇われているスタッフばかりではありません。忘れがちな事実ではありますが、雇用主である院長にも履行が求められるのです。つまり労使双方の権利を守るためのルール、という側面があるのです。私たちの社会が法律によって律され、多くの国民が快適に生活できているように、クリニックもまた、決められたルールに則ってスムーズに運営される必要があります。労使間のトラブルを未然に防ぐ「クリニック内の法律」、それが就業規則なのです。

小規模クリニックにも就業規則整備のメリットあり

労働基準法によると、常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならないとされています。では、スタッフが10人未満の小さな規模で開業しようと考えている医師の場合、就業規則は不要と考えるのが妥当でしょうか? 答えは「No」です。なぜなら小規模なクリニックであってもきちんとした就業規則を整備することには、労使間のトラブル抑止以外にも充分なメリットがあるからです。

例えばスタッフの採用時に、より優れた人材の確保が見込めます。就業規則がきっちり整ったクリニックには、働くにあたり長い期間を見据えた真面目な求職者が集まりやすいもの。腰掛け気分で応募してくる求職者は、よりアバウトでルーズな雰囲気の職場を好む可能性があるのではないでしょうか。また、就業規則を決めていく際、スタッフの意見を広く募ることで意外なメリットも生まれます。それは院内コミュニケーションの円滑化。スタッフの思いをすくい上げるような姿勢で規則を作ろうとする院長を見れば、彼らの心の中には感謝の気持ちと親近感が湧き上がることでしょう。巧くいけば、就業規則の整備と風通し良い職場環境という、一見すると相反するような結果を導くことも可能です。

“見えないルール”が蓄積していく前に

もちろん就業規則の重要性は非常に高いとしても、開業準備期間中には他にもやらなくてはいけないことがたくさんあります。「とてもじゃないが手が回らないから、開業後にゆっくりやりたい」という声も理解できます。ですがいったんクリニックを開業したその日から、就業規則のない職場には次から次へと暗黙の了解的に“見えないルール”が生まれては蓄積していきます。これらのルールは職場スタッフの力関係が反映されることが多く、開業から時間が経てば経つほどその無効化・明文化には各方面の軋轢がともない、就業規則の策定作業は困難を極めるはずです。

その時になって後悔に暮れないために、せめて草案だけでも開業前に決めておきましょう。なおインターネットを覗いてみれば、就業規則の雛形とでも言うべきテンプレートデータを配布しているサイトが多数見つかります。それらを利用する場合でも“固有名詞のみを自院のものに差し替えて完成”とするだけではなく、クリニックの実情に合わせて細かい箇所まできちんと改編するようにしてください。形だけの規則に何のメリットもないということは、言うまでもないことですから。

労務管理で「ヒト」のヤル気や行動を引き出す

昔から、企業を成長させるものとしてよく取り上げられるのが、「ヒト」「モノ」「カネ」という経営の3要素。その中でも重要視される「ヒト」、すなわち人材を、より効果的に活用するための取り組みを「労務管理」と呼びます。労働者の力強いモチベーションや、それに基づいた行動を引き出すには適切な管理が必要。これはクリニックにおいてもまったく同様のことが言えるのです。労務管理が上手くいっていないクリニックは、スタッフの働きも悪くなり、放置しておけば成長どころか経営に暗雲が立ち込めることでしょう。ただし大企業と異なり、小さな規模のクリニックに専任スタッフを雇うのは経済的に厳しいところ。その場合院長は医師としての診療業務に加え、労務管理までも行っていかなければなりません。とはいえ、現在勤務医として働いている先生の立場は、言うまでもなく労働者サイド。開業と同時に経営者サイドへ頭を切り替えるのは、勤務医経験が長ければ長いほど難しいものです。そこで今回は、開業準備段階から徐々に労務管理の考え方に慣れていけるよう、その心構えについてお伝えしていきます。

“労務管理アレルギー”は早々に退治を

労務管理とひとことで言っても、採用に始まり賃金・労働時間の適切な管理、教育・訓練の実施、福利厚生の整備・拡充など、「ヒト」に関するマネジメントのほとんどが該当します。やるべきことの多さに「なんだかよく分からないし難しそう。正直、面倒くさいな…」と感じた先生もたくさんいらっしゃるでしょう。ですがその“労務管理自体を疎ましく思う気持ち”が、常々指摘されてきた「医療業界の労務管理体制の脆弱さ」を引き起こしている可能性は否定できません。

経営規模の小さなクリニックにおいては、院長が労務管理業務を兼任することが多いのですが、業務への関心や知識が著しく乏しいまま片手間で行っているケースも散見されます。一般的な企業では専門部署が設置され、担当者が専任で行う業務ですので負担が大きいのは理解できますが、そもそもその前に「医師の本分は医療」という意識が強過ぎることがその一因となっているようです。しかし、スタッフが能力を十二分に発揮し質の高い医療サービスを提供していくためには、適切な労務管理が欠かせません。もし少しでも労務管理業務に対するアレルギーをご自身の中に発見したのならば、その意識を変えるところから始めましょう。採用・賃金・労働時間・教育・福利厚生などの各論については今後のメールマガジンでも随時取り上げていきますし、経営者・管理者向けの指南本やWEBサイトなどで学ぶのも良いでしょう。関心を持てる分野から少しずつ知識を仕入れていくことをお薦めします。

各人の価値観を尊重する姿勢も必要

さらに、もう一つ大切な心構えがあります。管理者は「いかにしてスタッフのモチベーションを上げるか」という観点で労務管理を行うべきですが、このモチベーションというものがクセ者です。一昔前なら「ヤル気は報酬に比例する」というようなシンプルな考え方でどうにか収まっていた局面でも、近年はうまくいかない場合が多いように思われます。ケースバイケースで柔軟に対応していかなければ、スタッフのモチベーションは上がりにくくなっていると言えるでしょう。

以前に比べ、現代は働く人の価値観が多様化している状況にあります。つまり、モチベーションも人それぞれで大きく異なる、ということ。昇給して収入アップを目指したい人もいれば、逆に収入よりもきっちり定時で帰宅できることを重視する人もいます。また、リーダーとなって他のスタッフをまとめあげることに喜びを感じる人もいれば、責任が重い仕事にはストレスを感じる人もいるでしょう。各人の性格や家庭事情、以前の職場での働き方などで、人生において重要視するものがまったく異なってきているのです。このことをしっかり前提として踏まえて、労務管理を行っていく必要があります。「ヒト」という経営資源は、それぞれに個性を持ち、時の流れによっても変化していく“生モノ”。労務管理者には、その確かな目利きが求められることを忘れないようにして下さい。

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