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【10月31日 衆院選に関する選挙無効請求事件】

2021年(令和3年)10月31日衆院選に関する選挙無効請求事件の『弁論要旨』のまとめ

原告ら訴訟代理人弁護士 久保利英明

1.はじめに
本弁論において、まず、本件提訴の概要と論理構造を述べることとする。

今回、本件原告らの提訴した事件数は289の全ての衆院小選挙区における選挙無効を求めているから289件に上る。
 
当然ながら原告数も289名に上り、提訴に当たり、各人ごとに住民票と委任状を取得して各裁判所に提出している。

係属する裁判所は全国の全ての8高裁及び6支部の総計14カ所に及び、1裁判体当たり3名の合議体であるから、関与する裁判官は総計42名の高裁・支部裁判官となる大規模事件である。

我々弁護団は2009年(平成21年)から提訴を開始したが、4回目に当たる2013年(平成25年)の参院選に関する提訴以来、全ての選挙区について原告を立て提訴を続けている。

国政選挙無効訴訟の第1回は1962年(昭和37年)、当時司法修習生だった故越山康弁護士が原告となって提訴され、その主張は憲法14条 法の下の平等に反する選挙制度の是正を求めるものであった。現在は山口邦明弁護士率いるグループが後を継いでいる。

しかし、2009年(平成21年)に活動を開始した当弁護団はその主張の根幹を人権論である14条から一変させた。
 
即ち、一人一票の投票価値が同一でなければ、かかる選挙による国会議員の選出は国民主権の発露とは言えず、国家統治論(ガバナンス)の観点からそのような偏頗な選挙制度は「正当な選挙」とは言い得ないとの主張を展開してきた。

今回の請求の理由も、以下に述べるとおり、法の下の平等という人権論に基づくものではなく、憲法前文第一文、憲法第1条、憲法56条2項、憲法67条を合理的に理解すれば、日本国憲法における統治構造の原点たる国民主権は、人口比例選挙によらなければ実現されず、投票は一人一票等価値でなければならない。

それに反する選挙制度は憲法に違反し、本件選挙は無効である。私は当裁判所に、予断や誤解に基づかず、我々が提出した書面や弁論での主張に対する判断を求めるものである。

この観点から、敢えて私自身が経験した2017年(平成29年)7月19日の最高裁判所大法廷口頭弁論期日における、寺田逸郎裁判長と私との間で交わされたやりとりを紹介する。(※1 この詳細については裁判所に提出した準備書面の文言を抜粋し、末尾に記載する) 

米国連邦最高裁では当たり前のこととされているが、日本の最高裁大法廷における裁判長と代理人との口頭弁論はめったになく、私も側聞したことさえない珍しい事象であった。

寺田裁判長は私に対して「(原告代理人は)憲法14条違反を主張しているのではないのですか」と聞いてきた。

私は、腰を抜かすほど驚いた。


既に我々の提訴事件を何件か最高裁判事として審議し、判決を書いてきた同判事が、あれほど何度も提出した書面を理解していなかったとは信じられなかった。

この問答で判明したことは、我々の主張は、一票の価値の格差は、国家の基本的統治構造を歪めるものであるとのガバナンス論に立つものであるのに、最高裁長官以下が憲法14条 法の下の平等違反を主張する人権論に立脚すると誤解していたことである。

当裁判体の裁判官にはぜひ、虚心坦懐に書面をお読み頂き、我々がどんな根拠に基づき選挙無効を主張しているのかを理解した上で、我々の論理が誤りならば、その旨を理路整然と指摘して頂きたい。

私たちは匙加減ができるような「法の下の平等」という概念ではなく、国民主権とは何かに立脚して、「一人一票同一価値」という数理上の投票価値の同一性を求めているのである。それが「人口比例選挙」を意味することに多言は要さない。ぜひ、その思想の当否についてご判断賜りたい。
 
国民主権か、国会議員主権か、大きな違いがそこには横たわっている。

2.憲法に定める国家ガバナンスの基本構造
(1)憲法前文:
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」
(2)憲法1条:
「この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」
(3)憲法56条2項:
「出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するとこ   ろによる」
(4)憲法67条:
「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だって、これを行う」

人口比例によらざる選挙は国会議員の持つ一票の重みに差等を生じ、その多数決によって議決される内閣総理大臣の正統性まで失わせるものである。

行政のスタートラインである国会議員の多数決による内閣総理大臣の指名の根拠が失われているからである。

3.芦部説の真実
私は今から56年前の1965年(昭和40年)に東京大学法学部で芦部信喜先生から憲法を教わった。

芦部先生の誠実な学風に感動して芦部ゼミに入った。
そのとき先生は「一人一票」の価値に触れて、二倍未満説に言及された。

一票の投票価値が「2」になればそれは「複数投票権」となり、どんな未開発な国の選挙であっても「一人が2票」を持つことがあれば、それは国民の多数決で物事を決める民主制選挙とは言えない。

2票未満なら良いというわけではなく、一人の投票権が、2票になったら絶対に駄目ということだ、とおっしゃった。

一人1.5票なら良いのかとの質問に対しては、今の較差を見れば2未満でもずいぶんと進歩ではないか、とおっしゃった。
 
1票の重さが衆院3票、参院5票でも当時は合憲とされていた。

まだ、越山先生の提訴すらなされていない時代であり、複数投票権が民主主義に反するという学説すらない時代であった。

確かに、前回の衆院選は2票未満であったが今回は2票を超えている。

その芦部先生の後継者である高橋和之教授も自著(2020年刊)では「価値が相互に等しいもの」と主張しておられる。
 
いまや、憲法学者の中で二倍未満説は芦部先生単独になった。
大半の憲法学者は人口比例選挙を支持している。

今回の衆院選において東京のいくつもの選挙区の選挙民の投票価値を1とすれば、鳥取1区2区、島根の投票価値は2を超えている。

即ち、東京10,13,8,9,4,22,17,3,6,5,16,12区、埼玉2区、北海道3区5区、神奈川15,10,13,16,5区、兵庫6区の合計21選挙区の選挙民の投票価値は0.5 未満で半人前以下なのである。

逆に、東京10区の投票価値を1とすれば、鳥取1区は2.066となる。芦部先生が生きておられたら、これは絶対に駄目だとおっしゃるはずである。

4.違憲判決を下すことで国会の自浄作用を呼び覚ます
さらに、次回衆院選においてはアダムズ方式により10増10減の選挙区割りの改定が行われるのが法律の定めであり、前回最高裁はこの改正を所与のものと誤解して、前のめりに、合憲判決の理由に掲げた。

しかし、現実には細田博之衆院議長は3増3減の区割り案の検討を命じたと報じられている(※2)

このような違法の指示を議長がするようでは、国会の自主的是正はあり得ない。違憲判決を下すことで国会の自浄作用を呼び覚ますしか是正の方法はない。

※1
寺田逸郎裁判長(最高裁所長官〈当時〉)の質問
(1) 2017年(平成29年)7月19日の平成29年大法廷判決(参)事件の口頭弁論期日において、寺田逸郎裁判長と久保利英明弁護士との間で、下記の厳しいやり取りがあった。
 久保利弁護士は、概ね、
「最高裁が、本日、傍聴希望者に対して配布した文書は、上告人ら(選挙人ら)の主張を、山口弁護士グループの憲法14条(法の下の平等)に基づく人権論の主張と区別することなく、法の下の平等の憲法14条に基づいて選挙無効を主張していると紹介しています。これは間違いです。「代理人ら」は、選挙は、憲法56条2項、前文第1項第1文後段及び1条、前文第1項第1文前段の人口比例の要求に反するという統治論に基づいて、「選挙違憲無効」を主張しています。憲法14条(法の下の平等)に基づいて、「選挙違憲無効」を主張しているわけではありません」
 と発言した。
 寺田裁判長は、この久保利弁護士の発言について、久保利弁護士に対し、
「憲法14条違反を主張しているのではないのですか?」
 と質問された。
 久保利弁護士は、
「はい、「代理人ら」は、憲法14条違反の人権論を主張していません。「代理人ら」は、1 憲法56条2項;2 前文第1項第1文後段と1条;3前文第1項第1文前段が人口比例選挙を要求するという統治論に基づいて、この「選挙違憲無効」請求訴訟を提訴しています」
旨、 明確に発言した。

※2
2021年(令和3年)12月1日付 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20211201/k00/00m/010/020000c

         

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