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【大学闘争が起きていた中で行った司法修習とは、どんな雰囲気でしたか?】

スタッフV「大学闘争が起きていた中で行った司法修習とは、どんな雰囲気でしたか?」

久保利
私は司法試験合格後、東大法学部私法コースを無事終了したが、敢えて、1年間で終了できる同学部の政治コースに学士入学をすることにした。

司法試験に現役で合格したら、南アフリカ解放闘争を支援する為に、アジア・アフリカの現実を体感すべく単身バックパッカーとして放浪するという、かねてからの計画を実行するつもりだったからだ。

従って、司法研修所入所を一年遅らせるのは覚悟の上のことだったが、次年度に研修所に入所するためには、10月には身体検査を受けなければならない。海外流転は半年が限界となる。

ということは、後期には授業が受けられるから、丸山真男教授の講義だけは聴いておきたいと思った。(丸山教授の政治思想史に興味があった)

広大なインド大陸を効果的に歩くには鉄道が一番便利で、当時、インドの学割制度は外国人にも適用され、夜行列車を含む全国の鉄道の一等コンパートメント室が乗り放題で、料金は1万円だった。

夜行を使えば宿代も要らないし、夜のうちに移動もできる。東大の学費とほぼ同額であったから、これを利用しない手はなかった。

東大闘争がそれほどの拡がりを見せるとは想像もしなかった。帰国してみたら東大闘争のため、全ての授業はなくなっていた。

しかし、アフリカの解放闘争の現場やインドの貧困を目の当たりにした身にとっては、甘ったれた子供の喧嘩にしか思えなかった。

私は半年間の貧乏旅行で82キロの体重が62キロになり、栄養失調の診断を受けて、体力・気力の回復に専念することになる。

研修開始の4月には、東大の卒業試験が未了な現役東大生だけに7月入所を認める特例が取られた(他の大学には許されなかった)。彼らだけの特別クラスを編成する計画だとも聞いた。

こんな不平等が許されれば、東大閥が上級法曹と位置づけられ、司法にはびこる。法曹一元はおろか、三権における司法の地位事態が危殆に瀕する。

司法が差別を是認すべきではないと、私は政治コースを中退して、4月から入所した。後に官房長官になった亡き仙谷由人や、1年後輩の庭山正一郎、自主ゼミ仲間の山田勝昭などは東大中退者として4月に入所した。

前期修習が始まったが、私たちのクラス4組はそんな差別的な特例を甘んじて受けた諸君に、1年遅らせて来年入るか、中退して入所するように呼びかけた。素案は私が起案した。

ところが、この手紙が反響を呼んで、最高裁が怒り心頭だという。

弁護・検察・裁判の担当教官達5人が本気で撤回を求めてきた。このクラスから「修習生を罷免される者が出かねない。これだけは教官として避けたい。」という。

言論の自由からすればあり得ないことだが、修習生は公務員だから所属庁は最高裁で、人事権は最高裁にあると言われれば、首になった上で、処分を争うしかない。最高裁の処分を取り消したり、無効とする下級審裁判官がいるとは思えなかった。

犠牲者を出すことは本意ではない。

強烈な反対論もあったがクラス全員の議論の末、撤回が決まった。教官達の尽力のお陰もあり、何のおとがめもなく終わった。今よりは牧歌的な時代だったのかもしれない。(この間の事情については千田實著『都会の弁護士と田舎の弁護士』株式会社エムジェエム発行に詳しい)

それでも、この騒動が影響したのか、東大現役生だけの特別クラスは編成されることはなく、10の各クラスに、それぞれ4名から5名の彼らが配分され、同期同クラスの仲間となった。もっとも、研修所教育の遅れを取り戻すべく、彼らには夏の間、厳しい補習講義が課せられた。

私はと言えば、司法試験に備えて無理に詰め込んだ法律知識や難しい漢字熟語は、アフリカ・アジアで雲散霧消していた。教官からは「君は白地手形(手形要件が記載されていない手形)のようだ。何にも覚えていないのかね」と呆れられた。

夏の間、私はクラスメイトに追いつこうと、一人、自習し、本を読みあさった。

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スタッフZ「この時のこと(騒然とした司法研修所修了式・任官拒否事件)を今でも思い出すことはありますか?その時の自分に、今の自分から一言ください」

当時のことを思い出すことは滅多にありません。

いろいろな事件に50年間取り組む中で、権力者や組織のトップが厳密な調査やエビデンスに基づかずに、思いつきで立案した政策や施策が、社会や会社に与える影響を分析もしないで強行することの弊害を指摘してきました。

その原点がこの東大生優遇事件であり、前述した阪口君罷免事件だったと今にして思い当たりました。

当時24才の若者ながら、学歴差別を感じて異議申立をし、事態終熄のため現実的対応をした52年前の私を褒めてやりたいですね。

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