逃避の散歩 7.都電荒川線(その3:荒川車庫前から三ノ輪橋)
(その2:大塚駅前から荒川車庫前まで)より続く。
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荒川車庫前停留所の乗車ホームを越えた途端に道幅が狭くなる。だが、最初の踏切を越えたところでまた2車線の道に。自動車と並走しているのが路面電車らしさだと勝手に思っているので、こういう道が好きだ。
早稲田停留所から高戸橋交差点のあたりまでも、同じように並走しているが、周囲は高い建物に囲まれていて妙な窮屈感がある。それに対し、この辺りは高い建物が少ないので開放感を感じられ、心地よく歩ける。
2つ目の踏切の手前で「あらかわ遊園 230m」という案内が見える。
ということは、今のペースでだいたい2分も歩けば次の停留所だ。横断歩道を越えると、シャッターが閉まった商店で哀愁漂う集合住宅。そして運動場の横を抜けて交番の先にある踏切前の横断歩道を渡ると荒川遊園地前停留所に到着。
信号待ち込みで5分ほどだった。残り11停留場。
あらかわ遊園、いまは工事中だけど再開したときには訪れてみたい。
気持ちのいい直線をひたすら進むだけで気分は昂る。ほぼ休みなしに歩いているが、自分の頭は「もっと足を速めろ」と足に命令し、歩くペースは衰えることを忘れているかのようだ。
3つの踏切を越え、4分ほどで小台停留場に到着。残り10停留場。
ここから、急に車道と軌道を区分する柵が一気に低くなっている。そして、枕木も消えて軌道が車道のように舗装されている。緊急時には併用軌道になるってことか。
道は進行方向から見てやや右、やや南東側に折れていき、神社の前を抜けると宮ノ前停留場に到着。
残り9停留場。約3分ほどの道のりだった。
歩を進めると、陸橋が見えてきた。広い道で、それなりに通行量も多い。交差点から向こう側に見える標識に「尾久橋通り」と書かれている。
横断歩道を渡り、熊野前停留場に到着。信号待ちで意外と時間を食い、8分近く掛かった。
そばに日暮里・舎人ライナーの駅もある。そういえば、これも乗ったことがないな。乗る機会があるかどうかはわからないが。
残り8停留場。
熊野前停留場を越えると併用軌道は終わり、道は広めの一方通行1車線となり、柵はまた高くなる。そして遥か先にはこれだ。
明らかに浮いてるよなあ。下総の634メートル。
ちょっと気まぐれに、電車が通過したタイミングを計って、踏切をジグザグに渡りながら歩いてみる。
7分ほどで東尾久三丁目停留場に到着。残り7停留場。
そういえば、散歩するようになってから聞かれたことがある。
「歩くときは何か音楽を聴いているんですか?」
答えは「聴かない」。
そりゃそうだ。イヤホンで周囲の音を遮って事故に遭っては元も子もない。その代わり、脳内でいろいろな曲を反芻して聴いている気になる。もちろん、脳内音楽なのできちんとフルコーラス流し切れているかは怪しい。
いま脳内で流れている曲はエンニオ・モリコーネの『Nuovo Cinema Paradiso(Titoli)』だ。
うまく信号待ちを回避できたこともあって、3分ほどで町屋二丁目停留所に到着。残り6停留場。
人通りと線路沿いに並ぶ商店が多くなってきた。
この辺りの街並み、実際に歩く前に抱いていた都電荒川線のイメージと完全に一致する。早稲田停留場のあたりからどのようにしてこんな風景へつながるのか、実際に歩くまで実感がわかなかった。
やっぱり、下調べしても生活圏ではない所はどうなっているか想像がつかないので、秘境を歩いているような感覚になる。
町屋駅前停留所に到着。残り5停留場。
そのまま真っ直ぐ進み、京成線の町屋駅方面へ。思えば、京成線も利用する機会がほとんどない。最後に利用したのは、確か5年位前に柴又の帝釈天へ行くために西日暮里から乗ったくらい。
線路沿いにある町屋駅の改札口に近づいたところであることに気づく。事前の下調べだと、改札口の手前で右折し、遠回りして高架下を抜けて向こう側へ行くように案内されていたので、改札は塞がっているだろうと勝手に思い込んでいた。実際は自由通路になっていて、徒歩ならそのまま抜けられる。
当初の予定より、少し短縮ができる。
自由通路を抜けると、目の前に線路沿いの道が目に入る。そこに入り、しばらく進んで最初の踏切を渡らずに右折、次の十字路を左折して直進すると信号のある横断歩道までたどりつく。そのまま横断歩道を渡らずに左折。
6分で荒川七丁目停留所に到着。残り4停留場。
横断歩道を渡り右折し、南へ歩き始める。下調べはしているので方向は間違っていないはずだが、線路が見えないので少し不安になる。
進んでいくと、更地になった区画から架線見える。この道で間違いない。
ゆいの森あらかわ交差点を左折し、狭い路地に入ると踏切がある。そこから左右に見えるのは荒川二丁目停留場。
5分で到着。残りは3停留場。
またさっきの通りに戻り、歩を進める。
少し気になったが、この通りは所々に金網で仕切られて「道路予定地」の看板が立った土地を見かける。行きかう自動車の通行量を考えたら、道幅が広くする必要はあるのかなと思いつつ、消える直前の風景を見れるという、ある種の贅沢を感じる。
サンパール荒川北交差点の4差路の横断歩道を渡り、1車線の狭い道に入り、時折見える踏切に注意しながら、3つ目の踏切の前で左折。
信号待ちを含めて8分ほどで荒川区役所前停留所に到着。
脳内で『ロッキー』のトレーニングシーンで掛かる『Going The Distance』が流れてきてもおかしくない高揚感が湧いてきた。うん、脳内で流そう。
時計を見ると、歩き始めて2時間30分が経過している。残りは2停留場。
横断歩道を渡り、さっきの道に戻り南側へ進み、少し進んだところで広い通りに出る。ふと見た電柱にこう現在地が書かれている。
「明治通り」。
「また貴様か」と呆れつつも、すぐ左側の路地へと入る。また少し進んだところで左側に踏切が見えるので間違いない。このまま道なりに歩いていけばいいだろう。
道を通り抜けた先には踏切と小学校の校門が見える。そこから左側に目をやると、荒川一中停車場が見えた。5分の道のりだった。
次でついに終点だ。
踏切を越え、停車場の脇にある狭い道を通る。
長い直線を突き進む。
脳内BGMを『Going The Distance』から『Gonna Fly Now』に切り替えるべきか否か、悩みながら歩を進める。たぶん『Gonna Fly Now』にするといきなり首を上下に大きく振りながら走り始めて、停留場前に着いたら不格好なシャドーをした後に両腕を挙げてしまうかもしれないのでやめよう。
それに、ここはフィラデルフィアではない、東京都荒川区だ。
お、あれは、あれこそは終着点の三ノ輪橋停留場か。
踏切のところまで行くと、降車ホームの前に来たので、踏切を渡って左折し、回り込むようにして乗車口へ向かう。
前停留場から5分。早稲田停留場から歩き始めておよそ2時間40分。目的地にして終点、三ノ輪橋停留場に到着。
見慣れたいつもの風景ばかり歩いていると気が滅入ることがあるので、たまには軽い下調べだけのぶっつけ本番で行ったことのない道を歩くのがいい逃避になる。
さて、日比谷線に乗って、映画でも観に行くか。