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砂糖のように甘い珈琲

鉄が甲高く響く音と土埃の香りが今も鮮明に記憶に残っている。2020年の8月上旬に南部鉄器を学びに岩手は盛岡を訪ねた。まずは南部鉄器との強烈な出会いを振り返りたいと思う。

昨年の7月、目黒にとある会社があって、どうやらそこの社長がコーヒーに拘り抜いた方だそうだ、とWAGYUMAFIAの浜田のアニキに聞いたので、アニキと一緒に思い切って訪ねてみることにした。その社長を仮にO氏と呼ぶ。

「O氏の淹れるコーヒーは凄まじく甘い」と言われたので、シンプルに興味を持った。いや、普段であれば理由もなしに信じないはずだが、今回ばかりはなぜか飲んでみたい、と素直に思えた。

拘り抜いた社長室に通され、先ず目についたのは見事に黒光したコーヒー豆だった。これ以上なく苦そうなこのコーヒーを、一体どうやって甘くするのかー 興味津々の僕はO氏の一挙手一投足に釘付けだった。

出てきたコーヒーを恐る恐る口に運んでみる。ズズっと啜ったコーヒーを舌に満遍なく広げた瞬間に僕の味蕾に電撃が走る。それはもう砂糖をたっぷり入れたように甘かった。

あまりにも甘すぎたので、きっとお湯に砂糖でも入れているんだろうと勘繰ってしまった、というか今でもそうじゃないかと時々思う。純朴な僕を捻くれさせるほど、過去最高に甘いコーヒーだった。

僕の様子を面白げに見ていたO氏が、ボソッとこの甘さの秘密を教えてくれた。

「井崎さん、南部鉄器で鍛えたお湯だから甘いんですよ」

南部鉄器?お湯を鍛える?僕にはさっぱり意味が分からなかった。良質な抽出に欠かせないのは、カルシウムとマグネシウムのバランスと炭酸塩硬度であって水の味そのものではないはず…

困惑する僕にO氏がスッとお白湯を出してくれた。そのお白湯は甘く、そしてトロリとした質感のセクシーなお白湯だった。そう、美味しさに理屈なんて必要ないと素直に思えた瞬間だった。

感動する僕を満足気に眺めていた浜田のアニキがひと言「南部鉄器見に行きましょう」と誘ってくれた。それはもちろん行くでしょう。直感に任せて行き着く先に答えはあるはず。いざ、盛岡へ。

つづく

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