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紅茶の日

朝起きてから
オフィスについたら
ランチのあとに
午後のもうひとふんばりに
へとへとになって帰宅したあとのほっと一息に

日々の暮らしの中で、ほとんど息をするように私の生活と共にある飲み物。

コーヒー。

目を覚ましたいとき、気合いをいれたいときはガツンとブラックで。
落ち込むことがあったり、元気を取り戻したい時には、たっぷりミルクでホットラテを。
自分を甘やかしたい時には、カフェで呪文のような期間限定ドリンクをカスタマイズでオーダー。
休日ののんびりタイムは、お気に入りの豆を自宅のミルで挽いて、じっくりドリップする時間を楽しむ。

いつからこんなにコーヒーに溢れる日常を送っているんだろう。種類がたくさん、飲み方もたくさん、楽しみ方も、その時の気分や体調によって様々に変わるから、いつになっても飽きがこない。

私はそんなコーヒーの魅力にとりつかれている。

それなのに。

今日は朝からさんざんだった。

寝坊して慌てて家を飛び出した。先方との約束の時間にはなんとか間に合ったものの、担当者の反応はいまいち。午後までに仕上げなくちゃいけない資料の存在を、移動の電車の中で思い出した。今日はランチの時間もろくにとれないだろう。どんよりした気分で、急いでオフィスに戻り、気力でなんとか資料を仕上げた。提出して次の仕事に取りかかろうとしたところで、今度は昨日の仕事のミスを指摘されて、その対応に追われた。今日やろうと思っていた仕事がひとつもできないまま、一日が終わってしまった。

あーつかれた。


そういえば、
今日はまだ、一口もコーヒーを飲んでいない。

帰宅してすぐにケトルをセットする。お湯が沸くまでの間にくたくたの体に鞭を打って身支度をすませ、至福の一杯のためのカップを用意する。そこで気がついた。


コーヒー、切らしてるんだった...

豆もインスタントも、丁度ストックがなくなっていた。流石にここまでくると、がっくりと完全にうなだれてしまう。この気分を盛り返すのは、そう簡単じゃない。コーヒーのお供に、と思って買ってきたバニラアイスも、悲壮感をもって机の上に佇んでいる。

......あ、紅茶。

紅茶ならあるかも。

キッチンの奥の方の引き出し。がさがさと漁ると、普段ほとんど手をつけない調味料やら調理道具とともに、大分前に購入した紅茶のティーバッグがしまいこまれていた。未開封、期限もまだセーフ。

しかたない。

今日は、紅茶の日にしよう。

冷めてしまったケトルのお湯を沸かし直す間に、バニラアイスを一口、じっくり味わった。疲れきった頭に、きゅうっと染み込む冷たい甘さ。

カチッという軽い音がケトルから聞こえてきたタイミングで、ティーバッグをカップに放り込んだ。静かにお湯を注ぐと、豊かな香りが胸を満たす。

紅茶って、こんな香りだったっけ。


久々にかぐその香りは、記憶の中のものよりもはるかに力強く、しかし穏やかに、私の中の張つめた糸を包みこみ、緩めていった。

たまには

ひんやりしたバニラアイスをすくい、一口含みつつこう思う。

紅茶の日もいいかも。

アイスで冷えた口の中を、すすった紅茶が優しく、じんわりと暖めていく。バニラの甘さと紅茶のほんのりとした渋みが、一日の疲れを少しずつ溶かしていってくれる気がする。

明日の朝は、ミルクをたっぷりつかって、リッチなミルクティをいれよう。

布団にはいる頃には、少しだけ明日の朝が楽しみになっていた。

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