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『Örökség』第二次大戦中のハンガリーを舞台に金持ち夫婦の子供を生むことになった女性の顛末を描く

MUBIで19日に配信がスタートしたハンガリーの女性映画監督 マールタ・メーサーロッシュによる1980年の作品『Örökség』(英題:Heiresses )を観た。内容を全く知らなくても当時27歳のイザベラ・ユペールの美しい姿が目を引かれる。

舞台は1936年のハンガリー。小さな仕立て屋を営むイレーネ(イザベラ・ユペール)は裕福な友人のシルビア(リリ・モノリ)から特別な頼み事を受ける。シルビアは軍人の夫アコスと幸せな結婚生活を送っていたが唯一足りないものがあった。彼女は不妊症だったのだ。拒絶する夫をなんとか説得し、シルビアはイレーネに自分たちのために子供を生んで欲しいと頼み込む。シルビアの熱意と報酬に負けてイレーネはアコスと一夜を共にする。シルビアの目論見通りイレーネは身ごもり、夫婦はこの妊婦を屋敷に招き入れて手厚い世話を施す。こうして貧しい仕立て屋の娘はあっという間に上流階級へと足を踏み入れることになる。

妊娠の初期段階ではシルビアはイレーネをまるで自分の妹のように可愛いがる。持っていた高価な洋服を着せたり、おそろいの洋服を着て外出したり、屋敷の住人が集まるディナーには二人でツインテール(!)で登場したり。何よりも夫婦が養子として迎えることになる子供がすくすくと育っていくことに幸福を感じていた。しかし彼女は夫アコスの自分に対する愛情が薄れていることに気づき始める。中年夫婦のセックスレスなどよくある話かもしれないが、同じ屋敷に夫の子供を身ごもる若い女性がいるとなると意味が違ってくる。夫に対する不満は次第にイレーネへの嫉妬へと変わっていく。

この物語の優れているところは時代設定にある。夫・正妻・妾の三角関係に忍び寄る民族主義とナチスドイツの影。アコスが同僚の軍人を食卓に招くとユダヤ人の排斥について話題なる。彼の趣味の映画撮影を仲間に披露する会で映し出されるのはベルリンオリンピックで勇ましく演説するアドルフ・ヒトラーの姿。臨月が近づくにつれてイレーネは苦悩する。この環境の中で自分がユダヤ人であることを誰にも言い出せずにいたのだ。

果たして生まれてくる子供とイレーネはどうなってしまうのか。嫉妬に狂うシルビアは夫との関係を修復できるのか。アコスは国家とイレーネのどちらを選ぶのか。それぞれの思惑が交錯しながら出産の日がやってくる。

MUBIでは『INDEPENDENT WOMEN: THE PIONEERING CINEMA OF MÁRTA MÉSZÁROS』と題してマールタ・メーサーロッシュの特集を組んでいる。彼女は1931年にブダペストで生まれ、前衛彫刻家の父をソ連の粛清で失い、母を出産で失った後、ロシアの孤児院で育ち、戦後にハンガリーに帰国する。短編ドキュメンタリーを多く手掛けた後に長編映画に取り組み始める。その作品群の中心にはいつでも自立した女性が据えられている。

本作『Örökség』もまた自分で夫の子供を生む若い娘を見つけてくる女性が中心的な役割を果たしていた。序盤でグイグイと夫を引っ張っていくシルビアの姿は、軍人の夫を支える健気な妻というよりは女主人という表現のほうがしっくりくる。もちろんその決定が彼女自身を苦しめることになるのだが。

もしこの作品をご覧になれる環境があれば、ラストショットのイザベラ・ユペールの表情まで是非とも観ていただきたい。

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