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魔法少女リリカルなのは Reflection 10

 駐車場にて、アリサの母親たちから諸手の歓迎を受ける。
「ようこそ、オールストン・シーへ!」
 月村重工パワーシステム、設計部の月村春菜。
 バニングス建設、海鳴支社社長のジョディ=バニングス。さらに夫のデビット=バニングスも加え、一気に賑やかになる。
 ざっと見たところ、同じような家族連れが多かった。なのはは少し安堵する。
「招待されてるの、偉いひとばかりかと思ってましたけど、そうでもないんですね」
 アリサの父、デビットが気さくに笑った。
「余所も家族を呼んでるのが、ほとんどだからね。アリサだけ特別扱いってわけでもないし、遠慮しないで、今日は存分に楽しんでって」
「はいっ!」
 関係者だけの内覧会というより、先行公開に近いらしい。記念写真を撮りながら、なのはたちはオールストン・シーの話題の的、水中水族館へ足を運ぶ。
「本当に海の中まで行くんだね」
「うん。どうしよう……ドキドキしてきちゃった」
 エスカレーターで降りている間も下のフロアを一望できる、開放的な構造だった。アクアリウムは透明感のある青色で満たされている。
 幻想的な世界を目の当たりにして、なのはもフェイトもつぶらな瞳を輝かせた。
「すっごぉい……! 本当に海の中にいるみたいだよ」
「とても綺麗だね。色んな魚がいて……」
 リンディも感嘆の声を漏らす。
「ありのままの自然も美しいけれど、こういうひとの手で造られたものも、素晴らしいと思うわ。これでもまだ、全体の一部なんでしょう?」
「ええ。ハラオウンさんがびっくりするような仕掛けは、まだまだあるんだから」
 アリサやすずかの母たちは仕事の話を交えつつ、談笑を咲かせた。
 子どもたちの案内役にはデビットが買って出る。
「撮影は僕に任せてくれ。まずはモニュメントの前で一枚、どうだい?」
「なのは、フェイトー! こっち、こっち」
 早くも社会科見学という建前を忘れそうになった。
「ここは暗いから、まとめるのはホテルに入ってからで、いいんじゃない?」
「うん! じゃあ、そうしよっかな」
 アリサと、すずかと、フェイトと一緒に。楽しい時間が始まる。
 アリサやすずかとは以前から仲がよかったが、フェイトが加わったことで、より距離が縮まった気がする。
 プレシア=テスタロッサ事件のあと、フェイトが時空管理局で裁判を受ける間も、当時のふたりは事情を知らないなりに応援してくれた。
 実は傷ついていたアルフを保護したのが、アリサだったりもする。
 また、すずかは八神はやてとの橋渡し役となってくれた。かけがえのない友達と一緒に夏休みを過ごせる――それが嬉しい。
 水槽の中では極彩色の魚たちが泳ぎまわっていた。
 不意にすずかがなのはの半袖を掴む。
「なのはちゃん。あのね、フェイトちゃんがお母さんと写真、撮れるように……」
「それ、いいかも!」
 こういう彼女の気配り上手なところが、なのはは好きで、羨ましかった。
 フェイトのために今の自分にできることは、魔導士として戦うばかりではない。そのことにも気付かされる。
「まずは私がママと撮るから、お願いね」
「任せてっ」
 すずかは母の春菜を呼び、適当なスポットを指差した。
「ねえ、親子でも何枚か撮っておきたいの。いい?」
「もちろんよ。じゃあ……」
「私が撮ってあげるわ。ついでに次は私とアリサと、旦那でね」
 家族で記念撮影。
 月村親子の次はバニングス一家、そしてハラオウン家の番となる。
「私たちも撮りましょうか、フェイト」
「は、はい……リンディさん」
 少しぎこちないものの、フェイトとリンディも並んだ。
 シャッターはなのはが切る。
「撮るよー? フェイトちゃん、リンディさん。はい、チーズっ!」
「うふふ。ありがとう、なのはさん。それから、すずかさんも」
 リンディはなのはとすずかにウインクを送った。なのはたちの作戦くらい、かのアースラの艦長はお見通しらしい。
 まごまごしているフェイトの背中を、アリサが叩く。
「さあ! どんどん行くわよ、フェイトぉ!」
「きゃっ? んもう、アリサってば」
 フェイトがよく笑うようになったのも、この天真爛漫なアリサのおかげ。
 しばらく進んだ先で、なのはたちはアクアリウムのセントラルホールへ辿り着いた。上下のフロアが吹き抜けになっており、その中央には不思議な宝石が展示されている。
 デビットたちが誇らしげにまくし立てた。
「これがこの水族館の目玉のひとつ! 海鳴で発掘された巨大鉱石さ」
「私たちの会社が発見したの。すごいでしょう?」
 アリサもすずかも瞳を瞬かせる。
「え……これ、宝石なの?」
「こんな大きなの、初めて見た……」
 その鉱石は紫色で、地面から生えたような形だった。
 それを見上げ、なのはは息を飲む。
「研究のテーマにいいかも?」
 表向きはそう口にしながらも、妙な圧迫感を覚えた。この鉱石は凄まじい力を秘めているような――しかし胸元のレイジングハートは沈黙している。
 水族館を歩きまわって、外へ出る頃には、夏の陽も中天に差し掛かっていた。真夏の日差しを避け、なのはたちは園内のレストランで涼む。
「お昼ご飯を食べたら、イルカショーを見て、遊園地に行こうか」
「はーい!」
 なのはたちのテンションは今や最高潮に達しつつあった。
「アトラクションはあんまり動かせないんだけど」
「でも取材には、そのほうが……ね? アリサちゃん」
「へ? 取材って?」
 社会科見学という当初の名目をすっかり忘れているメンバーも。
 母親たちは肩を竦めると、身体の向きを変えた。
「ここからは子どもの時間ね」
「じゃあ、こっちはカフェでお茶でも」
 喫茶店でママ会が始まる。

 園内のオープンカフェで席を取り、リンディは紅茶で一息。春菜(すずかの母)やジョディ(アリサの母)もやり遂げた表情で、お茶に口をつける。
「子どもたちは主人に任せておけばいいから」
「ありがとうございます」
 息子のクロノが時空管理局に務め始めて以降、このような場は久しかった。オールストン・シーのことは脇に置き、母親同士、子どもの話題で盛りあがる。
「クラスは別になっちゃったけど、B組にははやてちゃんもいるからって」
「卒業まで今のクラスなんでしょう?」
 その間、リンディは相槌を打ってばかりいた。
 息子のクロノのことから『あーでもない、こーでもない』と話せる。しかし引き取ってまだ間のないフェイトのことは、何をどう話せばよいのか、わからない。
 春菜が穏やかな調子で切り出す。
「リンディさんのほうはどうですか? 正式に養子縁組してから、もう半年……」
「ええ。まあ……そうですね」
 たっぷりと間を取りながら、リンディはおずおずと口を開く。
「フェイトさん……いえ、お互いまだまだ余所余所しい感じでして……私も『フェイトさん』なんて呼ぶから、いけないのだけど」
「息子さんは何か?」
「出しゃばる気はないみたいです」
 フェイトとの関係は決して悪くなかった。ただ『停滞』が続いている。
 ジョディは空気を察し、声のボリュームを下げた。
「難しいわね。フェイトちゃんにも思うところはあるでしょうし……やっぱり、がらりと生活が変わったわけだから」
 春菜もフォローの言葉を挟む。
「学校では楽しくやってるんだもの。今日も初めて会った時に比べて、柔らかくなってる気がするわ。大丈夫ですよ、リンディさん」
 おかげで、いくらか心が軽くなった。
 こうして同じ母親に話を聞いてもらえるのは大きい。
「ありがとう、ふたりとも。あと、さっきも家族写真の……あら?」
 ところがお礼を口にした矢先、通信が届いた。