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魔法少女リリカルなのは Reflection 25

 真夜中、東京湾の上空。
 三対の黒い翼をはためかせながら、ディアーチェは腕組みを深めた。
「あのおさげの女が言っておった通りだな」
 その傍らでシュテルは生真面目に索敵を遂行する。
「空にいるのはおよそ三十……いえ、四十に近い数ですね。地上のほうでも二十ほど動きまわっているようです」
「ふん。大した数ではないが、寝起きの準備運動くらいには……」
 一方で、レヴィは能天気にはしゃいでいた。
「このカラダおもしろ~い!」
 空中で跳ねたり、まわったり、ひっくり返ったり。
 頭を逆さまにしてシュテルに近づき、一緒に遊びたがる。
「シュテルンもほら、面白いって! ねえねえ」
「落ち着きなさい。王の御前ですよ。あと私は『シュテル』ですので」
 そう窘めつつ、シュテルは左手を前へかざした。その手が紅い炎を呼び出し、間近にいたレヴィを驚かせる。
「おわあっ?」
「ですが本当にすごいですよ、ディアーチェ」
 ディアーチェは溜息をついた。
「浮かれおって……まあよい。今のうちに、その身体の性能を把握しておけ」
「は~い! 王様」
「すでに万全ですので、ご心配なく。元になったデータと少し差はあるようですが」
 これが本来の姿ではないことを、ディアーチェたちは感覚的に知っている。しっくりと来ないのは、どうやら勘違いではないらしい。
 封印の眠りが長すぎて、記憶の大半を失ったのだろう。
 不満そうにレヴィがぼやく。
「で……王様? ホントにあんなやつらの言うこと、聞いちゃうわけぇ?」
「確かイリスとキリエ、でしたね。信用はできないと私も思います」
 ふたりの部下の意見はもっともだった。
 イリスたちは何かしらの目的があって、ディアーチェたちを目覚めさせたうえで、手伝わせようとしている。それに気付かないディアーチェではない。
「我も信用などしておらぬ。だが我々が動くことで、見えてくるものもあるだろう。やつらが我々を利用するなら、こちらも利用してやるまで」
「王の仰せのままに」
「ボクも賛成っ! てゆーか、王様の言うことが間違ってるはずないし」
「それに……」
 ふとディアーチェは物憂げな表情で、自分のてのひらを見詰めた。
「永遠結晶――あれは、どうあっても『我がもとになくてはならない』もの……だ」
 シュテルとレヴィも口を揃える。
「私にとっても『何より必要で大切なもの』です」
「う~ん……『近くにいないと、なんか落ち着かない』ってのは、わかる」
 三人の魔導士は頷きあうと、悠々と東京湾の一帯を見渡した。
「ユーエンチとやらは、どれだ?」
「イリスの地図によれば、あちらの城がある島です」
「そーだ! ボクたちのお城にしちゃお」
 ディアーチェたちの視線の先にあるのは、オープン間近のオールストン・シー。
「管理局とかいう羽虫どもの拠点らしいな。あの女の指示など聞くつもりはないが、邪魔をされる前に片付けておくとしよう。行けるな? シュテル」
「当然です」
 意気込むシュテルとは裏腹に、レヴィは暢気に手を挙げる。
「王様、王様! ボクは何をすればいいの?」
 ディアーチェに代わり、シュテルが宥めるように言い聞かせた。
「レヴィはあそこへ突っ込んで、ディアーチェを悪く言う相手を叩きのめしてください」
「ん、わかった!」
 レヴィがバルディッシュと同系統のアームドデバイスを掲げ、頭上で旋回させる。
「突撃ぃ~!」
 その瞬間、東京湾の夜空が唸った。

 同じ夜空で、なのはたちは一斉に警戒を強める。
『先ほどの魔力爆発地点から、大型の魔力反応が3つ! 高速で移動しています!』
『追跡対象キリエ=フローリアンと思われる反応も確認!』
 通信越しにクロノの檄が飛んだ。
『シャマル班は結界を用意! シグナム班は3つの魔力反応の警戒を、ヴィータ班はキリエを追跡してくれ!』
「了解っ!」
 シグナムの隣を飛びながら、フェイトは気を引き締めなおす。
「バルディッシュは間に合わなかったか」
「調整が難しいみたいで……でも大丈夫、この子でなんとかします」
 フェイトのアームドデバイスはスペアだった。出力は抑え気味で、カートリッジシステムも搭載していないが、基本の性能はオリジナルのバルディッシュに遜色ない。
 これでも戦える――そう思った矢先、フェイトは顔色を変えた。
 夜空の上から巨大な物体が落ちてくる。
「隕石っ?」
 今夜のオペレーティングを一手に引き受けるエイミィの声も緊迫した。
『墜落予測地点……オ、オールストン・シー、エリアD!』
「私が止める!」
 いの一番に行動に出たのは、守護騎士のシグナムだ。
「行くぞ、レヴァンティン!」
 長剣レヴァンティンが鞘と合わさり、フォームを弓へと変える。そして光の矢を番え、迫りくる隕石に真正面から狙いを定めつつ、カートリッジをリロード。
 シグナムの雄々しい叫びが木霊した。
「翔けよ、隼ッ!」
 炎をまとった矢が、ロケットじみた勢いで放たれる。
 シグナムの一撃は一直線に夜空を駆け抜け、隕石に突き刺さった。隕石は爆散し、失敗した花火のように煙の塊と化す。
「さすがだね、シグナム」
「油断するな、テスタロッサ。何かいるぞ」
 緊張の一瞬――にもかかわらず、お気楽な声が響き渡った。
「なんだよもー。せっかく運んできたのに壊すとか、何者だ? 名を名乗れっ」
 煙の中から青い髪の少女が姿を現す。
 フェイトと同じ背格好で、フェイトと同じ顔立ち。
(まさか……このために私のデータを?)
 本物のフェイトはシグナムと目配せしつつ、奇妙な少女と相対した。
「大規模危険行為で現行犯逮捕する」
「あなたの氏名と出身世界を」
「どこから来たか? ボクだって知らな~い」
 彼女はバルディッシュに似たアームドデバイスを振りあげ、自慢げに名乗る。
「誰が呼んだか知らないが、ボクの名はレヴィ。雷光のレヴィとはボクのことさ!」
 さらに彼女の後方で、海面が大きく膨れあがった。 
「そしてボクがわざわざ運んできた、ボクの下僕。灰燼のトゥルケーゼ!」
 先ほどの隕石にも引けを取らない巨体が、圧倒的な存在感を放つ。
「機動外殻だと?」
「大きすぎる! あんなので出てこられたら……」
 雷光のレヴィは愉快そうにはにかんだ。
「さあ、遊んであげるよ!」

 別の方向からもオールストン・シーへ巨体が近づいていく。
 そのせいで、ヴィータ班もキリエの追跡どころではなくなってしまった。
「こんにゃろー! そっちに行くんじゃねー!」
 ヴィータは電磁ランチャーで応戦するも、相手が大きすぎて手応えがない。しかも機動外殻は自己修復の機能まで備え、瞬く間に再生してしまった。
「ちっ! もっとデカいのをぶち込んでやらねえと……なのは!」
「了解!」
 なのははオールストン・シーの敷地を足場にして、最新型の電磁兵器バイルスマッシャーを起動。先端の三角形がふたつに分かれ、その間でエネルギーをスパークさせる。
「バイルスマッシャー、フルチャージ!」
 そして撃った。
 高町なのはの膨大な魔力を糧に、怒涛の一撃が放たれる。
 それは機動外殻の装甲を紙のごとく貫いた。左の腕部が外れ、海面へ落下する。
『冷却ユニットを起動します。バッテリーを交換してください』
 しかし新兵器は一発で熱暴走に陥ってしまった。白い煙に巻かれながら、なのはは武相の状態と、次の行動を報告する。
「バイルスマッシャー、再発射困難! 装備を換装します!」
「おうよ! とどめは任せろ」
 機動外殻が再生しないうちに、ヴィータが電磁ランチャーを連射。
 ところが、その背後へ特大の火球が襲い掛かる。
「ヴィータちゃん!」
 すかさずなのはは飛翔し、ヴィータの背面で防壁を張った。火球は命中の寸前で障壁に妨げられ、爆炎を宙に散らす。
「悪ぃ、なのは」
「ううん。でも再生されちゃったね……」
 その頃には機動外殻が起きあがり、オールストン・シーへの侵攻を再開していた。
「なるほど。よき連携です」
 少女の淡々とした声に、なのはとヴィータはどきりとする。
 火球を繰り出したのは赤い髪の彼女らしい。
 その『見覚えのある』顔立ちを前にして、ふたりの魔導士は目を見張った。
「ど、どうして私が……」
「なのはと同じカオだぞ? こいつ」
 高町なのはにそっくりの少女が、レイジングハートに似た魔導の杖を振りかざす。
「名乗らせていただきましょう。我が名はシュテル……殲滅のシュテル」
 機動外殻の巨体が唸りのような稼働音を立てた。
「そしてあれが王からたわまった我が下僕、城塞のグラナート。あなたがたに恨みはありませんが、ここで消えていただきます」
 東京湾の上空で、ヴィータ班も決戦の火蓋を切る。

 同時刻――はやてもまた、自分と瓜二つの少女と相対していた。
「貴様が闇の書の主か」
「夜天の書の主、八神はやてです」
 三対の黒い翼を広げるシルエットも同じ。
「我が名はディアーチェ。失われた力を取り戻すために蘇った、王の魂」
「王……」
 王を自負するだけの貫禄と威圧感があった。強敵と一対一で対峙した経験のないはやては、緊張感のあまり固唾を飲む。
(今は頑張らなあかん時や……わかってくれるやろ? すずかちゃん)
 ディアーチェと名乗った少女は、はやてと同じ顔で眉を顰めた。
「我が力を取り戻すには、貴様らが目障りだとかでな」
「キリエさん……いやイリスの差し金やね」
「答える必要はないな」
 その手がアームドデバイスを掲げ、魔導の輝きを放つ。
 ディアーチェの背後で、翼と同じ数の魔方陣が浮かびあがった。
 三角形の魔方陣はベルカ式――馴染みがあるだけに、はやては直感する。
「顔だけやのうて、魔法まで同じなんか? リイン!」
「ハイです!」
 ディアーチェは当然のように唱えた。
「クラウソラス!」
 六つの魔弾が束の放物線を描きながら、はやてを追尾する。
 対するはやても同じ魔法で迎え撃った。
「こっちもクラウソラスや!」
 イリスの機動外殻を攻撃した時とは違い、今はリインフォースがいる。彼女にフォローしてもらうことで、はやての魔法は威力も精度も倍増した。
 ディアーチェの魔弾に、はやての魔弾がピンポイントでぶつかって相殺。それを魔弾の数ほど繰り返し、空中で爆発を連鎖させる。
「ほう……この程度では落ちんか」
「そうはいかんよ。キリエさんもイリスも止めなあかんし……」
「奪われた宝物も、返してもらわなければなりません!」
 ふたりの『はやて』とリインフォースは魔法が撃てる間合いで睨みあった。
「王様にもお話、聞かせてもらうで」
「フン――頭が高いっ!」
 ディアーチェの怒号が反響する。
 それに呼応して、夜空を大きな鳥の影が突っ切ってきた。
「空戦タイプの機動外殻で、あのサイズやて……?」
 視界を覆い尽くすほどの巨躯に圧倒され、はやてとリインフォースは戦慄する。
 ディアーチェは高らかに言い放った。
「我が下僕、獄炎のアメフィスタが貴様らをなぶり殺しにしてくれよう!」