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魔法少女リリカルなのは Reflection 19

「はやてちゃんの、あの魔道書……」
 キリエの目的は八神はやての持つ、夜天の書。
(絶対に守――)
 そう思った時には、紅い閃光が真正面からなのはに迫っていた。

「フォーミュラドライブ! アクセラレイター!」
 そこへ間一髪、青い閃光が割り込む。
 奥の手の投入によって高揚しているキリエは、苛立ちを隠さなかった。
「邪魔しないで、アミタ!」
 キリエの凶刃を食い止めたのは、姉のアミティエだ。超高速を可能とするフォーミュラの切り札、『アクセラレイター』の力を解放している。
「システムオルタ? あなたのスーツにそんな機能はなかったはず……出力制御がメチャメチャです! みなさんに怪我でもさせたら」
 いつもの『お説教』がキリエの神経を逆撫でした。
「その本さえあればいいの!」
 キリエは自棄になって、アミティエとの鍔迫り合いに、がむしゃらに力を込める。
「少しの間貸して欲しいだけなの! だから、そこをどいてってば!」
 しかし姉は冷静だった。あえて力を弱めることで、キリエのバランスを手前へ崩したところで、アクセラレイター。瞬時にキリエの背後を取り、羽交い絞めにする。
「帰りましょう。父さんと母さんが待ってます」
 父さん、母さん――その言葉がさらにキリエを過熱させた。
「お姉ちゃんはいつもそうやって『いい子』なんだよね」
 昔からそうだった。
 アミティエはふっくらと上手にパンが焼けて、母に褒められて。父にも研究の手伝いをするたび、手際のよさを褒められて。
 なのに妹の自分は、無様に潰れたパンや、ひっくり返ったバケツばかり。
 悔しかった。絶対に勝てない、背比べの相手がいることが。優等生の姉がいる限り、何をやっても、よりによって両親の前で悪目立ちすることが。
 この屈辱を、姉に理解できるはずがなかった。
「わかんないでしょ? わたしがどんな思いで、どんな覚悟でここにいるか」
 キリエは自嘲の笑みさえ浮かべて、肩越しに姉をねめつける。
「パパの夢もママの幸せも全部、私が守ってあげるの」
 だから、今回だけは譲れなかった。姉に譲りたくなかった。アミティエには絶対にできない方法で、父を救い、エルトリアに緑を蘇らせる。
 そのためなら。
「キリエ、私は……」
 アミティエの同情めいた声は、かえってキリエを逆上させた。
「お姉ちゃんにはわかんない! 嫌いよ、お姉ちゃんなんて――だいっきらい!」
 力いっぱいに喚きながら、キリエはブレードを短銃に変え、それを自分の脇腹に押し当てる。そして歯を食い縛り、引き金を――引く。
 貫通した。
 銃弾がキリエの身体ごと、背後で羽交い絞めの姿勢にあったアミティエを貫く。
 なのはも、フェイトも、はやても、突然の凶行にただ驚愕した。
「ア、アミタさん!」
「キリエさん、どうして……」
 アミティエは力なく崩れ落ちる。フォーミュラも生命維持のモードに切り替わった。
 その一発のおかげで、頭の中で何かが外れた気がする。
(今なら高町なのはとフェイト=テスタロッサのデータも……!)
 脇腹の痛みを堪えつつ、キリエは拳を握り締めた。自分の身体が持つうちに、システムオルタのエネルギーが切れないうちに。
 まずは、立ち竦むなのはの横っ面に、強烈なストレートをめり込ませる。
「あぅうぐっ!」
 純白の魔導士は吹っ飛び、数メートル先でダウンした。キリエの手甲が高町なのはのデータを解析し、『完了』を合図する。
 我に返ったように、フェイトが真っ青になって駆け出した。
「なのは!」
「あかん、フェイトちゃん!」
 その前にキリエが立ちはだかり、再び渾身のストレートを放つ。
 パパのため――そう自分に言い聞かせながら。
 フェイトも倒れ、さっきと同じようにデータが解析、保存される。これで魔導士ふたり分のデータは手に入った。残りはひとつ。
 はやては間合いを取ろうとするも、キリエは容赦なしに接近、小さな身体にボディーブローを打ち込む。はやてが失神するまで二秒と掛からなかった。
 システムオルタがタイムリミットを迎えるとともに、右の脇腹に激痛が生じる。
「ぐうっ!」
 痛みと出血に苦悶しつつ、キリエは昏倒するはやてのもとへにじり寄った。その胸元にある金色のデバイスへ、どうにか手を伸ばす。
「はぁ、本はこの中に……仕舞ってあるのよね……」
 ところが、人形のように小さな女の子が渡すまいと食いさがってきた。
「だめです! これは絶対にだめです!」
 八神はやての使い魔だろうか。
 もはや余力のないキリエは、宥めるように囁く。
「離して、おチビちゃん」
「だめです!」
 それでも少女はかぶりを振ると、自分の身体ごとデバイスを氷漬けにし始めた。
「これははやてちゃんの大切なものなんです! それに、先代が遺してくれた……たったひとつの宝物なんです!」
 大切な宝物。かけがえのないもの。
 同じものはキリエにもあった。
(パパ、ママ……お姉ちゃん……)
 なのに自分は今、彼女たちを傷つけてまで、その宝物を奪おうとしている。
 だが、ここで情に絆され、退くわけにはいかなかった。アミティエにはすでに二回もトリガーを引いたのだから。
 キリエは短銃の出力を絞り、ミニサイズの少女を軽く弾き飛ばす。
 そして氷を剥がし、金色のデバイスを奪取。ふらふらとよろめきながら、高速道路の隅で転がりっ放しのバイクを起こした。
 もう彼女たちに用はない。放っておいても、時空管理局が救援を寄越すはず。
 しかしひとりだけ、健気に起きあがろうとする者がいた。
「待って……」
 アームドデバイスを支えにして、高町なのはが立つ。
(どうして立つの? 立たないでよ!)
 心の中でキリエは癇癪を起こした。
 もう終わりにしたいのに。これで終わりにできるのに。食いさがってこられたら、また手を下さなくてはならなくなる。
「待ってくださ、い……キリエ、さん……」
 なのに、なのはは足を引きずってでも近づいてきた。
 キリエは無言のまま、顔も見せずに彼女の足元を撃つ。そのラインを踏み越えたら、次は身体を狙うという警告のつもりで。
(もう諦めてってば!)
 それでもなのはは前に出て、ラインを越えた。
 次の瞬間、なのはの身体が『く』の字に折れ、転倒する。
 わざわざ振り返って目で見ずとも、外すような距離ではなかった。
 振り向かなかったのは、彼女に会わせる顔がなかったから。己の行動の愚かしさを痛感させられると、わかっているから――だ。
 キリエのバイクだけが沈黙を破り、走り去っていく。

 なのはたちのもとへ戻ってきたアルフは、血相を変えた。
「フェイト! なのは、はやて!」
 魔導士たちは痛々しい有様で路上に転がっている。はやてのリインフォースまで。
「東京支局へ、こちらアルフ! クロノ! 早く救援を!」
『もう手配した! 君は応急処置を頼む!』
 同じ場所でアミティエも倒れていた。
 キリエと同じ血まみれの致命傷を、両手で押さえながら。