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魔法少女リリカルなのは Reflection 27

 その間もなのははシュテルに迫っていた。
「武器を捨てて、投降してください!」
「それはできない相談です」
 なのはとシュテルがすれ違うのに数秒ほど遅れて、大小の爆発が連鎖する。
(この子、強い……!)
 まるで自分を相手にしているかのようだった。高出力の砲撃をメインに立ちまわる戦法も、高町なのはのものと一致する。
 攻撃のすべてが炎を伴うせいか、狂暴な印象もあった。レイジングハートのサポートがなくては、いよいよ厳しい。
 シュテルが滞空しつつ、ロッドを振りかざした。
「回避はさせませんよ。この範囲なら……!」
 炎が雨となってなのはに降り注ぐ。
 自分の身体は防壁で守れるものの、オールストン・シーは剥き出しだった。
「ヴィータちゃん!」
「おう!」
 間一髪、ヴィータが広範囲にベルカ式の防壁を展開。地上への被弾は辛くも免れる。
「防御はこっちでやる! お前はあいつを何とかしろ!」
「うんっ!」
 再びなのはは夜空を乱舞し、シュテルと熾烈な牽制を繰り広げる。
 間合いが狭まったと思いきや、シュテルが口を開いた。
「質問していいですか」
「え? 今?」
 困惑しながらも、なのはは彼女との距離を保つ。
「あなたは先ほどから、地上の建造物を守るような挙動を取る。生命反応はないのに、です。無人の建造物を守るのはなぜですか」
「あ、当たり前だよ」
 そのようなことは説明するまでもなかった。  
「この遊園地はみんなが一生懸命作ってるもので、完成を楽しみに待ってるひとがいる。たくさんのひとの努力とか、期待がこもってる場所だから、壊したくないの」
 シュテルは肯定も否定もせず、攻撃の続行を予告する。
「それを守りながら、私の攻撃を受けきれるとでも?」
「やってはみるよ。無理でも何でも、ものわかりよく諦めちゃうと後悔するから」
 戦いの中で、なのはは自分の決意を反芻した。
「だから決めたんだ。どんな時でも諦め悪く食らいついて」
 諦めない、と。
「私の魔法が届く距離にあるものは全部、守っていくんだって」
 そして今度こそ守る――と。
 シュテルは少し感銘を覚えたように頷いた。
「それがあなたの覚悟ですか」
 彼女は自分の話を聞いてくれている――そうなのはは直感する。
(声の届かない相手じゃない!)
 しかしシュテルはなのはに理解を示しながらも、決して靡かなかった。その双眸に強い意志の光を宿し、啖呵を切る。
「私にも覚悟はあります。王を守り、王の願いを叶える炎であるという覚悟です!」
 バインドの魔法が一瞬、なのはの動きを制限した。
(しまった?)
 会話に気を取られていたせいで、解除に少し手間取る。
 その間にシュテルは、直径が十メートルにも及ぶ火球を膨張させていた。
「し……収束魔法?」
「私とあなたの心と心、どちらが強いか、比べあうとしましょう」
 正々堂々と宣言し、さらに魔力を高めていく。
 大きすぎる火球を見上げ、なのはは青ざめるしかなかった。
 彼女は撃つ気だ。なのはを好敵手と認めたからこそ、力比べをしようとしている。
 そこに『避ければ遊園地を破壊してやる』という狡猾さはなかった。ただ純粋に、なのはとの決闘に臨む――言葉通りの『覚悟』。
(こっちも収束砲で相殺するしかない、だけど……)
 収束魔導砲(ブレイカー)をぶつければ、相殺はできる。しかし爆風はオールストン・シーを一網打尽にしてしまうだろう。
 ヴィータの防壁でも凌げそうになかった。
「あんにゃろ、オールストン・シーをぶっ壊そうってのか?」
「ううん。そんなこと考えてないよ、あの子は」
 ほんの数秒のうちに、なのはは必死に逡巡した。
(こんな距離で撃ちあったら、みんなのオールストン・シーが)
 撃たなくてはならない。けれども撃てない。しかしシュテルのプライドからして、生半可な説得も――。
「なのは!」
 勇ましい一声がなのはの葛藤を吹き飛ばした。
「なのは、大丈夫! 地上は僕が守る!」
「ユーノ君っ!」
 優しいグリーン色の防壁が、一瞬にしてオールストン・シーの全域を覆い尽くす。
 ユーノ=スクライアの防御魔法だった。
「こっちは気にせず、なのはは全力でぶっ放して!」
「ありがとう!」
 みるみる力が湧いてくる。
 防壁だけの話ではない。自分に初めて魔法を教えてくれた彼が、見守っている――おかげで、安心して魔力を高めることができた。
「集え、星の輝き!」
 シュテルの火球に負けじと、なのはも同じサイズの光球を膨れあがらせる。
 さしものヴィータもたじろいだ。
「ブレイカー同士の激突っ?」
 魔力を溜めに溜め、シュテル、そしてなのはの詠唱が重なる。
「ルシフェリオン……」
「スターライト……」
 火球も光球もまったく同時に膨れあがった。
「ブ・レ・イ・カーーーーーッ!」
 シュテルは撃つ。なのはは撃つ。流星のような渾身の一撃を。
 ふたりの収束魔導砲は真っ向から激突した。その熱量は二乗に二乗を掛ける勢いで、天文学的な数値にさえ達する。
 オールストン・シーの一角で半球状の爆発が広がった。
 音速じみた余波はヴィータを軽く弾き飛ばし、東京湾を丸ごと波打たせる。
「無茶しやがって~!」
 それでも爆発はユーノの防壁に遮断され、オールストン・シーには届かなかった。
 ルシフェリオンブレイカーを制御しつつ、シュテルは勝利を確信する。
「この砲撃に耐えきれる人間など……なっ?」
 だが、超高熱の真っ只中を突き進んでくるものがあった。ストライクカノンを逆手に構えたなのはが、紅蓮の炎を突き破ってくる。
「ストライクカノン、ACSモード! ドライブ・イグニッション!」
 防壁を張って突入したのではなかった。自身を攻撃のための『魔弾』とし、エネルギーの激流を瞬間的に切り裂きながら進む。
 スターライトブレイカーの発射体勢から即座に突撃できたのは、魔力の供給を除いて持ち主から独立稼動する、ストライクカノンがあればこそ。
「たああああー!」
 無論、わずかにでも調整を誤れば自爆する。それでもなのはは気迫に満ちた表情で、果敢にシュテルまでの最短距離を突っ切った。
 魔導を極めた、文字通り『魔導士』ならではの神業がシュテルを驚嘆させる。
 赤熱のエネルギーが吹き荒れる中、シュテルとなのはの距離はついに1メートルまで縮まった。ふたりは同時に近接用の攻撃に切り替え――。
「ヒート」
「バースト」
「エンドーーーッ!」
 ブレイカーの輝きが消えた時、勝負は決していた。
「はあ、はあ……」
 満身創痍のなのははストライクカノンを下げ、辛そうに息を切らせる。一方でシュテルは仁王立ちで余裕を浮かべようとするも、
「無念……です」
 瞼を伏せ、ゆっくりと落下していった。
「あっ?」
 なのはが拾いあげるまでもなく、ヴィータが彼女を受け止める。
「よっと。お前はちょっと休め? なのは」
「ありがとう、ヴィータちゃん」
 同じ顔立ちのせいか、シュテルには親近感を抱かずにいられなかった。気を失ったにしては安らかなシュテルの寝顔に、なのはは小声で囁きかける。
「私の勝ちだね……目が覚めたら、お話聞かせてね」
『シグナム班、ヴィータ班、状況をクリア!』
 勝利した。