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魔法少女リリカルなのは Reflection 16

 なのはとフェイトは愛用のアームドデバイスを握り締め、ターゲット――キリエ=フローリアンの一挙手一投足に目を光らせた。
「時空管理局です。そのまま動かないでください」
「何か事情がおありとは思いますが、詳しくは局のほうで」
 なのはたちとて、彼女と戦いたいわけではない。クロノの意向もあり、あくまで穏便に任意同行を求める。
 プレシア=テスタロッサ事件や闇の書事件も、まだ記憶に新しかった。
(あの時、もっと私に力があれば……)
 真相も知らず、フェイトやシグナムたちと刃を交えたこと。
 同じことを繰り返さないために、なのはは決して楽観視しない。油断もしない。
「お話を聞かせてください」
 キリエ=フローリアンをまっすぐに見詰め、正直な気持ちをぶつける。
 緊迫する中、ヘルメットの女子高生は淡々と口を開いた。
「フェイト=テスタロッサちゃんと、高町なのはちゃん……ね」
「え?」
 初対面なのに名前を言い当てられ、なのはもフェイトもわずかに戸惑う。
「あなたは私たちのことを」
「知ってるわ。色々調べたからね」
 その隙を突かれた。両手を挙げるふりをして、キリエは跳躍。魔導士たちの間合いから脱しつつ、街灯の上でバランスよく直立する。
 魔法を使ったような反応はなかった。
「なのは! あのひと……」
「うん。脚の力だけで、あそこまで」
 アームドデバイスを構えなおし、なのはたちは頭上の彼女を睨みあげる。
 キリエはヘルメットを投げ捨てると、それこそ今時の女子高生のようにぼやいた。
「残念……この服、結構気に入ってたんだけど」
 転倒した際に破れたらしいブレザーを一瞥し、肩を竦める。
 フェイトが瞳を瞬かせた。
「あなた……状況がわかってないんですか?」
「わかってるつもりよ。少なくとも、あなたたちよりは正確にね」
 キリエの右手が小さなデバイスを掲げる。
「フォーミュラスーツ、セット!」
 なのはも、フェイトも、まさかの光景に絶句した。
 破れかかったブレザーが剥がれ、キリエの美しい肢体が露になる。その肌に赤と黒を基調としたインナースーツが重なり、ボディラインを引き締める。
 胸元と二の腕を覆うように、装甲が合わさった。
 爪先でも具足が実体化し、頑丈そうな紅い光沢を放つ。
「バリアジャケット……?」
「違う。あれは魔法じゃないよ、なのは」
 さらにキリエは一振りのブレードを引っ提げた。
 戦闘に特化したフォームなのは間違いない。優美なロングヘアをまるで無防備に波打たせる佇まいは、絶対の自信に満ち溢れている。
「そっちがその気なら、相手になってあげるわ。可愛い魔導士さん!」
 キリエがぱちんと指を鳴らした。
 なのはの足元から路面を突き破り、おしべのようにワイヤーが伸びてくる。
「あぅうっ?」
 トレーラーに積んである機動外殻のものらしい。頭上のキリエにばかり気を取られ、接近を察知するのが遅れてしまった。
 手足の動きを封じられたうえ、苛烈に締めあげられる。
 レイジングハートを離さずにいるだけで精一杯だ。

「なのは!」
 すかさずフェイトはフォローに行こうとした。しかし背後に殺気を感じ、反射的にバルディッシュを振り抜く。
 無人の高速道路に甲高い金属音が鳴り響いた。
 一瞬のうちにキリエが街灯から降り、フェイトに接近。小振りなブレードで奇襲を叩き込むとともに、ステップを織り交ぜ、二撃目の動作に入る。
(早いっ!)
 二撃、三撃とバルディッシュで受け止めながら、フェイトは徐々にあとずさった。
 単発の攻撃を続けても『連撃』にはならない。しかしキリエのそれは、一撃目が二撃目の予備、二撃目が三撃目の予備を兼ねていた。こちらが弾いた分は上半身で流しつつ、下半身で間合いを詰めてくる。
 対するフェイトも、即座に神経を研ぎ澄ませた。
 バルディッシュの『柄』で受ければ、もっとも小さな動きで対応でき、隙も少なくて済む。ただ相手のほうがパワーは上で、片手では捌ききれない。
「やるわね、フェイトちゃん!」
「ま……まだまだ!」
 なのはのことは心配だが、振り向く余裕などなかった。
 キリエの猛攻を凌ぎきり、距離が開いたところで、バルディッシュを半回転。その先端から鋭利な金色のエネルギーが伸び、鎌のようなフォルムとなる。
 キリエが一旦、後退した。
「へえー。色んなフォームが使えるみたいね、それ」
「おとなしくしてください!」
 武器が特異な形状だと、攻撃するだけでも『奇襲』になる。さらに腕と柄の長さを活かせば、相手を近づけないだけの間合いも確保できた。
 大振りゆえの隙は魔法でカバーする。
 キリエは回避に専念し、ブレードでは意味を成さない位置まで下がった。
 フェイトの魔弾は後方の機動外殻を直撃。しかし相手は眉ひとつ動かさない。
「なるほど。デタラメに撃ってたわけじゃなかったのね」
 その手にあるブレードが突然、銃弾を放った。
「な――?」
 反射的にフェイトは防壁を張り、弾丸を斜めに弾く。
 さっきまでブレードだった武器が、ライフルとすり替わっていた。
(あれがクロノの言ってた……!)
 剣と銃とがシームレスに変化すると見て、間違いない。つまり間合いを制したのは自分ではなく彼女――フェイトも射撃をメインに切り替えた。
 ライフルの射線から上空へ逃れつつ、十八番の魔弾を放つ。
「捉えたっ!」
 そのはずが、今度のキリエは回避しなかった。そうするまでもなく、半球状の防壁が魔弾をシャットアウトする。まるでマッチの火を水で消すかのように。
(魔法が通用しない? 本当に?)
 フェイトは唖然とした。クロノから聞いてはいたが、自分の目で見てこそ驚く。
 そのせいでキリエの強襲に対応できず、鍔迫り合いに持ち込まれてしまった。キリエの武器は再びブレードとなり、小柄なフェイトには不利な力比べを強要する。
「ねえ、フェイトちゃん。ここは見逃してもらえない?」
「……は?」
 思いもよらない言葉に虚を突かれた。
しかしキリエは好機を得ていながらも、説得を優先する。
「私はどうしても欲しいものがあるの。友達に手伝ってもらって、ここへ来た」
 もとよりフェイトたちは彼女と『対話』を望んでいた。キリエのブレードをバルディッシュで苦しげに押し返しつつ、問いただす。
「ど、どういうことですか?」
「家族を助けるためなの。見逃してもらうわけには、行かない?」
「だったら局で話を……伺います、から……!」
 弾き飛ばされる――その瞬間、なのはの雄叫びが聞こえた。
「うあああーっ!」
 かろうじてワイヤーの拘束を突破したらしい左手が、レイジングハートを構える。
 同時にキリエの手足を、なのはのバインドが捉えた。フェイトのバインドも加わり、キリエは身動きできなくなる。
「これが本命なんです。ごめんなさい」
「あらら……今の今まで狙ってたわけ?」
 レイジングハートの砲身でピンク色の魔力が膨張、そして一直線に爆ぜた。
「エクセリオンバスター!」
 エネルギーの波動が真正面からキリエを飲み込む。
 しかし直前でかわされたのが見えた。なのはとともにフェイトも結界の夜空を仰ぎ、キリエの垂直に近い跳躍の正体を知る。
 キリエの具足がバーニアを噴かせていた。
 あれではバインドも意味がない。彼女もまた奥の手を隠していたらしい。
「んもう。話の途中なのに」
 さらにキリエは右手にも左手にも同じブレードを携えた。
「怪我させないように気をつけないとね……」
 左右対称のシルエットがロングヘアを靡かせる。