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魔法少女リリカルなのは Reflection 08

 医療部所属、『湖の騎士』シャマル。
「シグナム、さっきヴィータが終わって、なのはちゃんのテストが始まったところよ。なのはちゃんの分は数が多いから、まだしばらく掛かると思うわ」
「そうか。ヴィータは?」
「はやてちゃんと一緒に監修よ」
 穏やかな表情と物腰が、柔らかい雰囲気を醸し出す。ヴォルケンリッターではおもに支援を担当し、シグナムやヴィータ、ザフィーラを巧みにフォローした。
 八神家では、はやてと一緒にキッチンに立つ姿も。任務の際は不在がちとなるシグナムたちに代わって、はやての護衛を務めている。
「フェイトちゃんもこっちに来てたのね。なのはちゃんの付き添い?」
「うん。まあ……」
 いつもなら遠慮する相手でもないのだが、いささか間が悪かった。
 シャマルが微妙な空気に勘付く。
「ふたりして神妙な顔で、何のお話だったのかしら」
 シャマルには頭が上がらないらしいシグナムは苦笑した。
「次長とはどうか、と聞いていたところでな」
「ああ……養子縁組からもう半年だものね」
 フェイトの複雑な事情は守護騎士たちも知っている。
「なのはや学校の友人に話しづらいなら、私たちが相談に乗るぞ。余計なお節介の気もするが、それはお互い様だしな」
「ありがとう、シグナム。……でも悩みっていうのかな、これ……」
 事の始まりはプレシア=テスタロッサ事件だった。
 その渦中でフェイトは母を亡くし、天涯孤独の身となっている。それを養子として引き取ったのが、事件において指揮を執った、総務部の次長リンディ=ハラオウン。
「アルフやクロノ君は何て言ってるの?」
「悪い流れじゃないから、時間が解決してくれるって……」
 けれども、フェイトには戸惑いがあった。
 母プレシアの記憶はあっても、愛情を注がれたわけではない――そんな『歪な作り物』の自分が、本当に誰かと家族になれるのだろうか。
 関係を築いていけるのか。
 自信はなかった。
 リンディに『保護』されている事実を、後ろめたく思うことさえある。
 またリンディにしても、過去の闇の書事件で最愛の夫を亡くしていた。そこに赤の他人である自分が踏み込んでいる気もして、居たたまれない。
 シャマルは前屈みになって、俯きがちなフェイトと目線を合わせた。
「これだけは忘れないで? フェイトちゃん。リンディさんは決して、単なる同情であなたを引き取ったわけじゃないわ」
 真摯な言葉がフェイトの心に沁み込む。
「私たちだって、はやてちゃんに同情したんじゃない。はやてちゃんの健気さや優しさに惹かれて……気付いた時には、もう『家族』になってたんですもの」
 シグナムもはっきりと相槌を打った。
「ああ。焦ることはないぞ、テスタロッサ。少しずつ歩み寄っていけばいい」
「ありがとう、シグナム。シャマルも」
 フェイトは朗らかな笑みでふたりに感謝する。
 同時に、またひとりで抱え込んでいたことを反省した。
 時間はあるし、今は仲間もいるのだから。
(リンディさんのこと、ちゃんと『母さん』って……)
 次の一歩を踏み出そう。成長を始めつつある胸に、フェイトはそう決意した。

                ☆

 同じ頃、技術部セクションでは高町なのはがテスターを務めていた。
『高町さん、次は出力80パーセントでお願いします』
『了解です』
 左の前腕に装着しているのは、新兵器のストライクカノン。その全長は2メートルを優に超え、小学五年生の少女には大きすぎる。
 しかしなのははまるで重さを感じないように、それを水平に構えた。技術部のスタッフとインカムで応答しつつ、エネルギーのチャージを始める。
『カウント5より開始、4、3、2、1……』
『ファイアーっ!』
 次の瞬間、ストライクカノンの砲身が展開。一直線に黄金色の熱線を放出した。
 発射のあとは後部の筒が伸び、余分な熱量を吐き出す。もうもうと白い湯気が立ち込める中、なのははストライクカノンを降ろした。
 技術部のスタッフが片っ端から数値を確認する。
『排熱機構、正常に作動』
『バレル部分に異常ありません』
 その様子を、八神はやては守護騎士と一緒にモニタリングしていた。
「バイルスマッシャーの次は休憩もなしにコレか。気合入ってんなぁ、なのはのやつ」
 陸上隊所属、『鉄槌の騎士』ヴィータ。小学五年生のなのはよりも小柄で、幼い風貌の持ち主は、早くも隊で先輩風を吹かせているのだとか。
「せやね。守るため、救うため、今はできることを増やしたい。そう言うとった」
「電磁兵器にもあんま抵抗はないみたいだな」
 そこへはやての小さな相棒、リインフォースが飛び込んでくる。
「お待たせしました~」
「また迷子になっとったん? リイン」
「ち、違いますよぉ。近道しようとしただけで……」
「それを迷子っていうんだろ」
 リインフォースは紅い宝玉の首飾り(彼女にとっては頭一個分の大きさ)を必死にぶらさげていた。高町なのはのインテリジェンスデバイス、レイジングハート。
 それをてのひらに乗せながら、はやては申し訳なさそうに謝る。
「ごめんな、レイジングハート。レイジングハートが一緒やと、どの武器とも簡単に適合してもうて、テストにならへんから」
『I don't mind』
「優秀すぎるのも、それはそれで困りもんってことか」
 その間もなのはは粛々とテスターを続けていた。
『準備完了。使用実験を再開します』
『了解』
 リインフォースが無邪気にはしゃぐ。
「さすがは元アースラチームの主力魔導士っ! 頼もしいです」
 一方で、はやては一抹の不安に駆られた。
(確かに頼もしいけど……)
 テスターを務めるなのはは、とても自分と同じ小学生には見えない。
 隣のヴィータも神妙な面持ちで実験を見守っていた。
「みんなを守りたいってのはわかるけど……なんか違うんだよな。あいつの場合」
「うん……わかっとるよ、ヴィータ」
 あの闇の書事件で、はやてたちは高町なのはの熾烈な戦いぶりを体験している。とりわけヴィータは実際に彼女と交戦しただけに、説得力があった。
「自己犠牲ってわけでもなくて……狂気じみてんだ。戦ってる時のなのはは」
 彼女は自分のことを顧みず、命を投げだすような行動さえやってのける。
 ただ『救う』という純粋な信念において。
 それこそが高町なのはの原動力、また力の源であり、ふたつの事件を解決に導いた。しかし裏を返せば、どちらも捨て身で事態を食い止めたに過ぎない。
「なのはちゃんが守りたいって言うてる、『大切なもの』……その中になのはちゃん自身が入ってないんよ。それが心配や」
「だな。無茶が当たり前になってんの、私らで押さえてやんねえと」
 ひとり蚊帳の外のリインフォースは首を傾げた。
「私はそーいうなのはちゃん、見たことありませんから……」
「アレは二度と相手したくねー」
「ふふっ。ヴィータやから言えることやね」
 はやてはレイジングハートを見詰め、微笑む。
「レイジングハートも頼むで? ご主人様のこと」
『Sure』
 レイジングハートがきらりと輝いた。